5 身の毛もよだつクジャクの館

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5 身の毛もよだつクジャクの館

 1羽や2羽ならまだしも、大群でいると、やはり気味が悪い。  カラスは・・。 1207c8dc-016b-4cfc-aa1a-c64a0e8c1e40  園内に巣でも作っているのだろう。何度追い払ってもやって来る。  そのしつこさは、借金取りレベル。いや、30目前の女が、焦りまくって彼氏に結婚を迫るレベル。  真っ黒な奴らがたむろしていると、学ラン姿のヤンキーに取り囲まれるほどの恐怖。屍肉(しにく)でもつついているんじゃないかと、客はおびえないだろうか? 「根気よく、追い払っていくしかないのか・・」  眉間をつまんで、ため息を吐く。  とはいっても、黒いだけで嫌われるのは、気の毒な話だ。  トラ丸は自分の体を見た。  黒と黄色のツートンカラー。天が与えた絶妙な配色のデザイン。だからこそ、トラは希少動物でいられる。  どこかの球団がマネをしているというから、できれば使用料がほしいところだ。  カラスが7色の羽で、絶滅寸前だったとしたら、 「天然記念物なのに・・」  扱いが、一般人と一流芸能人ぐらいに変わるだろう。  突然変異の白いカラスでさえ、ニュースになるし、個室がもらえるほどの扱いを受ける。  トラ丸は、白クマをパンダもどきにカラーリングしたことを思い出した。  カラスが害鳥として生きるのは、 「かわいそうだ」  この際、人気者にしてやろう。  片方の口角を引き上げ、ふっと笑みを浮かべる。  カラフルに塗りかえ、お化け屋敷か廃墟にしか見えない建物も、同じようにキラキラメルヘン、サンリオのような世界に変える。 3e1c679c-2866-464d-8428-84b03b1c33bb 「いや、面倒だ」  トラ丸園長は、首を横に振った。  1羽1羽に色を塗ったところで、お客さんが喜んでくれるとは限らない。そもそも、それで客が呼べるとも思えない。  パンダの失敗例もある。  第一、カネもかかる。費用対効果が得られるとは限らないのだ。  トラ丸が、“with コロナ”と一緒に、最近覚えた言葉である。 「んん~」 95ba5e0f-a975-4281-9dc4-8dc00c48a89e  そういえば、カラスの肉はうまいというから、この際捕獲して、焼き鳥にするのはどうだろう?  炭火で焼いたら、おいしさパワーアップ。  売店で荒稼ぎという戦略もありだ。  から揚げでもいいし、ミートパイもいい。 「名物になるかも・・」  恐らく、カラス肉を食べることができるのは、ここだけ。 「ふふっ、ふふふっ・・」  トラ丸園長の目尻が下がった。  確実に売れる。長蛇の列。2時間3時間待ちは当たり前。  奇跡の光景が目に浮かぶ。  そうなると、カラスの1羽1羽が、福沢諭吉の顔とダブるから不思議だ。万札が落ちているように見える。  迷惑と思っていた存在も、見方を変えれば諭吉になる。  細くなったトラ丸の目が、カラスにロックオンする。  殺気を感じ取ったのか、一瞬にして飛び立っていった。 「あ、待て、諭吉ぃ・・」  なかなか勘の鋭い奴らだ。これだと捕獲が難しくなる。 「ほかの活用法はないものか」  トラ丸が、小さすぎる脳みそで考えていると、後頭部をカラスにつつかれた。 83716aab-52b1-4cae-8fb1-f4569fd19018  しかし、頭をつつかれ、カラスにも劣る脳みそが、かすかに揺れたことで、 「そうか・・」  ひらめいた。  カラーリングという面倒な作業をしなくても、捕獲というムダな体力を使わずとも、“ありのままのカラス”を利用すればいいじゃないか。  カラスが人を襲う映画もあった。  パニック&ホラー感を打ち出せばいい。  ほかの動物園では、絶対に手を出さない禁断の領域。  ならば、極端に舵を切って差別化しよう。  勝手にライバル視しているディズニーランドだって、ホーンテッドマンションという、幽霊が出てくるダークなアトラクションがあるではないか。  なにも、ほのぼのとふれあうことだけを、お客さんが求めているとは限らない。まったりした雰囲気だけでは飽きてくる。  メリハリをつけて、刺激の注入。  本来、動物は怖いものだ。本性を体感すればいい。 f3b0438f-69f0-43ca-949a-68fa19f5a9e7  ぶどう糖のタブレットを食べたせいか、 「今日も冴えてる」  トラ丸は園内を歩き出した。  カラスと一緒に、ホラー感をあおる動物が必要だ。  そして思いついたのが、クジャクだった。  飾り羽を広げようとしないオスがいる。いつも隅っこで、存在を消している暗い奴だ。こいつならコラボできる。  早速、 「おい」  声をかけてみる。  予想通り、返事はなかった。  もう一度呼んでも、返事はおろか、振り向きさえもしない。  しかし、トラ丸は知っている。 4ae100e9-50b8-4e51-b63a-1bedf2fb132f  恐怖のフレーズで呼びかければ、必ず奴が過剰に反応することを・・。 「どうせ、薄毛ですよ! 羽の形も色も悪い。おまけにツヤもない」  ムキになって言い返してきた。思うつぼだ。 「羽を広げないクジャクは、もはやクジャクじゃない。ただの鳥だぞ」  チクリと言葉の針を刺す。 「ただの鳥でいいんです」 「じゃあ、ただの鳥」  改めてトラ丸が呼びかけると、プイと横を向く。面倒臭い野郎だ。 「たまには羽を思いっきり広げてみろ。楽になるぞ。ただの鳥」 「・・」 「ただの薄毛」 59a2744d-a7bc-46c8-a8a3-9cd7e6f9ecce 「これでも、もともとは美形だったんですよ。それなのに・・、アイツがやりやがった」 「アイツ・・?」 「前の動物園にいた奴ですよ。新しくボクが仲間に入ると、羽をむしってきたんです。目立つオスは1羽だけでいい。自分以外が注目を浴びることは、絶対に許さない奴だった」 「それで、へんな形になったのか」 「そうです。自然に抜けて、こんな形になると思いますか? おかしいと思いませんか?」  クジャクは語気を強めたが、トラ丸は正直、生え替わりだと思っていた。  3月から6月下旬にかけて、繁殖期が終わると飾り羽は抜ける。今はちょうどその時期だ。秋から再び生え始める。 「ボクがこんなふうになってから、客はみんな、そいつしか見なくなった。今じゃ怖くて、羽を広げることができない。どうせ、指を差して笑われる。ボ、ボクは、みにくいクジャクの子なんですよ」  おさがりになった理由は、外見だけじゃなくて、卑屈な性格もありそうだ。 「見た目のコンプレックスなら、園長だって理解できますよね?」 「一緒にするな」 「同じ薄毛仲間じゃないですか」  そう言われて、トラ丸の血圧が上がるかと思いきや、 「ふふふっ・・」  不気味に笑う。 「ほらね。そうやってみんな笑う」 「バカにして笑っているんじゃない」  パニック&ホラー作戦にピッタリの逸材。これほどのはまり役があるだろうか。美しい羽は、却って邪魔になる。 「笑われるのがイヤなら、怖がらせればいい」 「こういうことですか?」 c9b1ffb3-850a-4cf4-afe7-42870e1474cc  顔を真っ赤にして、トラ丸が怒り狂うかと思いきや、 0803ec46-50a9-4860-9b2e-801d3cd87c7d 「怖がらせるのは客だぞ、客! オレを恐怖のどん底に突き落としてどうする?」 「じゃあ、こんな感じですか?」 782a0992-2705-4755-9f77-8fe32d9690e0 「確かに、恐怖しかないな」 「いろんなパターンがありますよ。35年ローン、20歳でハゲ。2浪決定。リストラ対象。姑と同居。痔の悪化・・。人間の恐怖は数知れず」  今度はふふっと、クジャクが薄笑いをする。 「よし、それでいこう。ここはパニック&ホラーエリアだ。客が来たら、バサッと羽を広げて、見せるがいい。お前のコンプレックスやストレスを、思いっきりぶつけろ」 「いいんですか?」 「ちょっとやそっとのことで、今の客は満足しないからな。よし、練習しよう。前の動物園にいたときの悔しさ、屈辱感をぶつけるんだっ!」  異様に目が光る、トラ丸とクジャクであった。
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