4人が本棚に入れています
本棚に追加
5 身の毛もよだつクジャクの館
1羽や2羽ならまだしも、大群でいると、やはり気味が悪い。
カラスは・・。
園内に巣でも作っているのだろう。何度追い払ってもやって来る。
そのしつこさは、借金取りレベル。いや、30目前の女が、焦りまくって彼氏に結婚を迫るレベル。
真っ黒な奴らがたむろしていると、学ラン姿のヤンキーに取り囲まれるほどの恐怖。屍肉でもつついているんじゃないかと、客はおびえないだろうか?
「根気よく、追い払っていくしかないのか・・」
眉間をつまんで、ため息を吐く。
とはいっても、黒いだけで嫌われるのは、気の毒な話だ。
トラ丸は自分の体を見た。
黒と黄色のツートンカラー。天が与えた絶妙な配色のデザイン。だからこそ、トラは希少動物でいられる。
どこかの球団がマネをしているというから、できれば使用料がほしいところだ。
カラスが7色の羽で、絶滅寸前だったとしたら、
「天然記念物なのに・・」
扱いが、一般人と一流芸能人ぐらいに変わるだろう。
突然変異の白いカラスでさえ、ニュースになるし、個室がもらえるほどの扱いを受ける。
トラ丸は、白クマをパンダもどきにカラーリングしたことを思い出した。
カラスが害鳥として生きるのは、
「かわいそうだ」
この際、人気者にしてやろう。
片方の口角を引き上げ、ふっと笑みを浮かべる。
カラフルに塗りかえ、お化け屋敷か廃墟にしか見えない建物も、同じようにキラキラメルヘン、サンリオのような世界に変える。
「いや、面倒だ」
トラ丸園長は、首を横に振った。
1羽1羽に色を塗ったところで、お客さんが喜んでくれるとは限らない。そもそも、それで客が呼べるとも思えない。
パンダの失敗例もある。
第一、カネもかかる。費用対効果が得られるとは限らないのだ。
トラ丸が、“with コロナ”と一緒に、最近覚えた言葉である。
「んん~」
そういえば、カラスの肉はうまいというから、この際捕獲して、焼き鳥にするのはどうだろう?
炭火で焼いたら、おいしさパワーアップ。
売店で荒稼ぎという戦略もありだ。
から揚げでもいいし、ミートパイもいい。
「名物になるかも・・」
恐らく、カラス肉を食べることができるのは、ここだけ。
「ふふっ、ふふふっ・・」
トラ丸園長の目尻が下がった。
確実に売れる。長蛇の列。2時間3時間待ちは当たり前。
奇跡の光景が目に浮かぶ。
そうなると、カラスの1羽1羽が、福沢諭吉の顔とダブるから不思議だ。万札が落ちているように見える。
迷惑と思っていた存在も、見方を変えれば諭吉になる。
細くなったトラ丸の目が、カラスにロックオンする。
殺気を感じ取ったのか、一瞬にして飛び立っていった。
「あ、待て、諭吉ぃ・・」
なかなか勘の鋭い奴らだ。これだと捕獲が難しくなる。
「ほかの活用法はないものか」
トラ丸が、小さすぎる脳みそで考えていると、後頭部をカラスにつつかれた。
しかし、頭をつつかれ、カラスにも劣る脳みそが、かすかに揺れたことで、
「そうか・・」
ひらめいた。
カラーリングという面倒な作業をしなくても、捕獲というムダな体力を使わずとも、“ありのままのカラス”を利用すればいいじゃないか。
カラスが人を襲う映画もあった。
パニック&ホラー感を打ち出せばいい。
ほかの動物園では、絶対に手を出さない禁断の領域。
ならば、極端に舵を切って差別化しよう。
勝手にライバル視しているディズニーランドだって、ホーンテッドマンションという、幽霊が出てくるダークなアトラクションがあるではないか。
なにも、ほのぼのとふれあうことだけを、お客さんが求めているとは限らない。まったりした雰囲気だけでは飽きてくる。
メリハリをつけて、刺激の注入。
本来、動物は怖いものだ。本性を体感すればいい。
ぶどう糖のタブレットを食べたせいか、
「今日も冴えてる」
トラ丸は園内を歩き出した。
カラスと一緒に、ホラー感をあおる動物が必要だ。
そして思いついたのが、クジャクだった。
飾り羽を広げようとしないオスがいる。いつも隅っこで、存在を消している暗い奴だ。こいつならコラボできる。
早速、
「おい」
声をかけてみる。
予想通り、返事はなかった。
もう一度呼んでも、返事はおろか、振り向きさえもしない。
しかし、トラ丸は知っている。
恐怖のフレーズで呼びかければ、必ず奴が過剰に反応することを・・。
「どうせ、薄毛ですよ! 羽の形も色も悪い。おまけにツヤもない」
ムキになって言い返してきた。思うつぼだ。
「羽を広げないクジャクは、もはやクジャクじゃない。ただの鳥だぞ」
チクリと言葉の針を刺す。
「ただの鳥でいいんです」
「じゃあ、ただの鳥」
改めてトラ丸が呼びかけると、プイと横を向く。面倒臭い野郎だ。
「たまには羽を思いっきり広げてみろ。楽になるぞ。ただの鳥」
「・・」
「ただの薄毛」
「これでも、もともとは美形だったんですよ。それなのに・・、アイツがやりやがった」
「アイツ・・?」
「前の動物園にいた奴ですよ。新しくボクが仲間に入ると、羽をむしってきたんです。目立つオスは1羽だけでいい。自分以外が注目を浴びることは、絶対に許さない奴だった」
「それで、へんな形になったのか」
「そうです。自然に抜けて、こんな形になると思いますか? おかしいと思いませんか?」
クジャクは語気を強めたが、トラ丸は正直、生え替わりだと思っていた。
3月から6月下旬にかけて、繁殖期が終わると飾り羽は抜ける。今はちょうどその時期だ。秋から再び生え始める。
「ボクがこんなふうになってから、客はみんな、そいつしか見なくなった。今じゃ怖くて、羽を広げることができない。どうせ、指を差して笑われる。ボ、ボクは、みにくいクジャクの子なんですよ」
おさがりになった理由は、外見だけじゃなくて、卑屈な性格もありそうだ。
「見た目のコンプレックスなら、園長だって理解できますよね?」
「一緒にするな」
「同じ薄毛仲間じゃないですか」
そう言われて、トラ丸の血圧が上がるかと思いきや、
「ふふふっ・・」
不気味に笑う。
「ほらね。そうやってみんな笑う」
「バカにして笑っているんじゃない」
パニック&ホラー作戦にピッタリの逸材。これほどのはまり役があるだろうか。美しい羽は、却って邪魔になる。
「笑われるのがイヤなら、怖がらせればいい」
「こういうことですか?」
顔を真っ赤にして、トラ丸が怒り狂うかと思いきや、
「怖がらせるのは客だぞ、客! オレを恐怖のどん底に突き落としてどうする?」
「じゃあ、こんな感じですか?」
「確かに、恐怖しかないな」
「いろんなパターンがありますよ。35年ローン、20歳でハゲ。2浪決定。リストラ対象。姑と同居。痔の悪化・・。人間の恐怖は数知れず」
今度はふふっと、クジャクが薄笑いをする。
「よし、それでいこう。ここはパニック&ホラーエリアだ。客が来たら、バサッと羽を広げて、見せるがいい。お前のコンプレックスやストレスを、思いっきりぶつけろ」
「いいんですか?」
「ちょっとやそっとのことで、今の客は満足しないからな。よし、練習しよう。前の動物園にいたときの悔しさ、屈辱感をぶつけるんだっ!」
異様に目が光る、トラ丸とクジャクであった。
最初のコメントを投稿しよう!