6 ヤギの八木課長おさがりチャンネル

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6 ヤギの八木課長おさがりチャンネル

「はい、どうも~。おさがりだって同じ動物。おさがりチャンネルにようこそ。ということでね、今日は園内の紹介をしていきたいと思いま~す」  トラ丸園長が、スマホに向かってしゃべる。勢いだけで乗り切ろうとする、若手芸人のようなハイテンション。  気合いが入っていた。 「動物園の宣伝もできて、お金も入ってきますよぉ~」  ユーチューバーが稼いでいると聞くや、その波に、 「乗ろう。乗るしかない。乗ってけ泥棒!」  やる気満々のトラ丸園長だった。  なんせ、コストはかからない。  入れ知恵をしたのは・・、 ee5ce504-7af1-40ce-a12e-aff74ab755c0 課長1人だけの寂しい部署。  園内の雑草を食べる仕事をしている。  ちなみに、除草1課は、外部へヤギを派遣する部署である。こうでもしなければ、お金が入ってこない。 「リハーサルですから、若者に迎合したノリは、本番に残しておいてください」  八木課長がスマホを向ける。 「まだまだ若いわっ!」  年寄り扱いに、過敏に反応する。 「笑顔、笑顔。怒った顔はダメですよ。事務所の壁に貼ってあったじゃないですか?」 51463d0e-4784-40a4-a089-327359a4c362「いけない、いけない」  トラ丸は軽く、パンパンと頬を叩いた。  つい最近、事務所に貼り出した言葉である。  江戸幕府を開いた徳川家康のご遺訓。  さすが乱世を生き抜き、徳川260年の(いしずえ)を築いただけの人物。  トラ丸も、おさがり260年を目指して、怒りを堪えなければ・・。  トップ自ら、気むずかしい顔をしていては、人を楽しませる動物園にはならない。 「はい、では園長どうぞ・・」 「んん、んん・・。東京にはないけど、東京ふれあい動物園」  トラ丸が、アイドル並みの作り笑顔で、エントランスの看板を見上げる。 「いや、正直すぎますよ。そこは“東京からたったの300㎞”でいいじゃないですか?」  八木課長が訂正する。 「それもそうだな。いっそ、“ニューヨークから車で1時間”っていうのはどうだ?」 「だったら思い切って、“パリから電車で10分”もいいですね」 19625c5b-6f2c-489f-9a73-2892493e6c8e「動物とふれあい、ときにケガもする」 「いや園長、インパクトが大事ですから、“ときに食われる”そこまで攻めたほうが、いいんじゃないですか?」 「いいのか?」 「いいんです。どうせ冗談だって、みな、わかってますから・・」 「さすが、2課長」  トラ丸が手を叩く。 「だてに、課員1人だけじゃないですから・・」 「そうだな。じゃあ、おさがり動物ばかりなのはどうする? 正直に言っていいのか?」 「そこは言い換えましょう。役立たずで、お払い箱になった奴らだなんて・・」 「言えないな」 「口が裂けても、股が裂けても、チーズが裂けても言えません。ここの動物たちは、左遷(させん)されてきた精鋭ぞろい。“スーパー左遷集団!”」 「なんだか、世界と戦っていけそうなネーミングだな」 「じゃあ、ここまでリハーサルをしましょう」 2b80f67c-2ce0-428a-928a-17b12804b4aa 「入場料は大人8000円。あのディズニーランドと、肩を並べる料金」 「いいですね」  八木課長が親指を立てる。 「強気の料金設定。しかも駐車場は、1日500円の別途徴収。取れるもんなら、どこからでも絞り取るスタンス」 ab5972aa-004f-4f9e-b3a5-50dbf54f33f2 「そうだ、いいことを考えました」  八木課長が、ポンと手を打つ。 「何だ?」 「この際、時間で料金を変えたらどうでしょう?」 「ほう」 「カラオケや駐車場と同じようにするんです。1時間ごとに、料金が増えていくシステム。より柔軟な変動価格制」 「柔軟・・。いい響きだな。でもどうやって徴収する? 前もって入場料を取っているから、たとえば1時間分の料金を払ったお客さんが、ちゃんと時間を守ってくれるのか?」 「よく、サービスエリアの飲食コーナーで、注文したお客さんに、店員が呼び出しベルみたいなものを渡すじゃないですか?」 「ブルブル震えるやつな」 「そうです。それを渡すんです。1時間だけのお客さんなら、50分ぐらいでブルブル振動させる」 「無視されたらどうする?」 「追加料金を払ってもらえばいいじゃありませんか」 「いやぁ、さすがにそれは、嫌な印象を残すことになる。きっとツバをペッと吐きながら、『二度と来るもんかっ!』文句を言って帰るに決まってる」 「それはまずいですね」 「そうだろ? 楽しかった、おもしろかった、迫力があった、怖かった、そういう感情の余韻を残しておかないと・・。それがリピーターを増やすんだ」 「んん~」  八木課長が腕を組む。 「ならば、ブレスレットのようなものにして、そこに軽く電流を流してみてはどうです? 10分前に、ビリビリッと高圧電流」 dd6fef4b-f4bd-401b-9bc1-debab2a8d390 「死ぬな」 「罰ゲームのような恐怖を、最後の最後に植え付けることができます」 「考えてもみろ、客が少ないうちはいいが、奇跡的に繁盛してきたら、電流ブレスレットのコストが・・」 「そのときは止めればいいんです」 「検討しておこう」 64d9a1ea-6d23-4e09-a5c0-127004380bf0  トラ丸園長が、エントランスの脇にある売店に入った。 「毎回、いち押しグッズを紹介していこう」 「いいですね。今回は何にしますか?」 「そうだなぁ~」  さびれた田舎の道の駅のような店内を、園長と八木課長が歩く。 「ヒツジの毛はどうだ?」 「じゃあそれで、リハーサルしてみましょうか? では、園長どうぞ」  トラ丸が咳をして、喉の調子を整える。 「今日は、ヒツジの毛をご紹介。カットしたばかりの新鮮な羊毛。ウールです。生え替わる時期限定の、めったにない商品」 「ずっとほしかったんです。マフラー代わりにできますよね?」  スマホを構えながら、八木課長が相手役として声を出す。 「もちろん、それだけではありません。頭に乗せれば、薄毛をカムフラージュ。白髪で薄毛というおじいちゃんに、おすすめの商品。付けヒゲにもできますよ」 「万能ですね。お高いんじゃないですか?」 ede58aeb-ef0d-4934-8599-052463b21628「いえいえ、驚くのはまだ早いですよ。この値段で、なんと今回は2つもついてきます」 「まぁ、お安い」  八木課長が声を張り上げる。 「今から30分以内、オペレーターを増員してお待ちしております」 「そこはカットで、園長」 「ダメか?」 「ユーチューブなんで、視聴する時間はみなそれぞれ」 「そうだった」  トラ丸が売店を出ると、エントランスから広がる園内を見る。  スマホに向かって、 「どうです。自然がいっぱい。この解放感」 「いやいや、ダメでしょう」  八木課長がスマホを下ろした。 「当たり前すぎます。ここは正直に“廃墟感”にしたほうがいいんじゃないですか?」 「そうなのか?」 「そこが売りの1つですから・・。夜は心霊スポットになりますよ。世の中には、あえてそういう場所を好んで行く、怖いもの知らずの(やから)がいます。夜間の入場料も、ついでに搾取しましょう」 「よし、もう1回いくぞ」 「じゃあ、お願いします」  スマホを向ける。 「どうです。雑草がいっぱい。この廃墟感」  そう言ったあと、トラ丸園長が急に黙り込んだ。 「どうしたんですか?」 「2課長」 「はい」 b383bd97-a409-4eb9-8ea0-ad3eb7246c93 「除草2課は、何をしてる? 全然雑草を取ってないじゃないか。ユーチューブを始めるより先に、やることがあるだろ!」  トラ丸がにらむ。 「落ち着いてください」 「エントランスというのは、その施設の顔だぞ。顔が汚れていてどうする?」 「どうどう」 「馬じゃないっ!」  トラ丸の血圧が急上昇。 「怒りは敵ですよ。忘れたんですか? 事務所の貼り紙を・・」
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