7 怠け者なりのナマケモノ日記

1/1
前へ
/11ページ
次へ

7 怠け者なりのナマケモノ日記

 7月24日(土) 晴れ のち 園長の雷  学校が夏休みに入って、最初の土曜日。  久しぶりに、家族連れのお客さんが入ってきて、トラ丸園長は機嫌がよかった。  なんせ、昨日まではスカスカガラガラ状態。  まるで、人気が過去になってしまった歌姫の、強気の東京ドームライブのような人の入り。 「おかしいなぁ、もっと来てもいいはずなのに・・」  園長は首を傾げていたけれど、わかっていない。  この動物園の低すぎるポテンシャルを・・。  おさがり動物の低スペックを・・。 「地図に載ってるよな? まさか、消されてないよな?」  ヤギの八木課長に確認していたけれど、誰が何のために、そんなことをするというんだ?  国家機密の場所なのか? ここは・・。 「大丈夫ですよ。地図になくても、カーナビの案内はスタートします」  だとしたら、ホラーすぎるカーナビだ。それともAI搭載か? 「道路が寸断されて、陸の孤島になってないよな?」  今度は、動物園までの山道を心配し始めた。  確かに、国道という名の酷道。  けものに会いに行くための、けもの道。 「今のところ、NHKの災害情報に、地震も土砂崩れもありませんけど・・」 「となると、誰かの陰謀によって、邪魔されてるのか・・」 91c5af99-517e-40d3-b10c-475fab998851  八木課長は冷静だった。  行列、混雑、大繁盛という言葉が辞書にはない動物園を、誰がつぶしにかかるというんだ?  疑心暗鬼もここまでくると、あっぱれだな。  それにしても、夏休み早々、海にも行かず、山にも登らず、TDLやUSJでもなく、B級スポット以下のおさがり動物園に来るとは、何と奇特なお客さんだろうか。  雑草が伸び放題、段差もあるバリアフリーとはほど遠い園内。  重機で壊しがいのある、廃墟としても()える建物。  全国各地からやってきた、精鋭ぞろいのおさがり動物。  クジャクの羽やヒツジの毛、ゴリラの食べ残しも棚に並べる売店。恐らく、線路の石まで売る銚子電鉄のマネをした。  見習うところを間違えている。 283ef7de-d80b-4443-97a7-20d1f13aebcf  こんなところに来るより、近所の年寄りと一緒に、ショッピングセンターの冷房で涼んでいたほうが、よっぽどいいような気がする。  まぁ、とりあえず、お客さんがいれば、園長の機嫌はいい。  血圧が上がって、ところかまわず吠え散らかすような状況でなければ、動物園は平和なのだ。  午前10時の見回りで、 「がんばれよ」  トラ丸は声をかけてきたけれど、正直・・、 b0273470-27e5-4b23-8669-e9719b973bc0  何をがんばっていいのかわからない。  ナマケモノは夜行性。日中は木にぶら下がって眠るのが仕事。 「じゃあ、がんばって寝ます」  面倒くさかったけれど、ガッツポーズをしてみせたら、 「動作がのろい」  やんわりと叱られた。  のろいからこそ、ナマケモノなのに・・。  そして、こうまで言われた。 8fd5f580-50bf-47a4-90b9-c465f15f6872  そんなものがあるわけない。あったとしても、押しはしない。  ナマケモノは、怠けてこそナマケモノ。怠けてナンボの世界なのだ。 「犬は、主人にシッポを振ってこそ犬。媚びを売ってナンボだろうが!」  ボソリとつぶやいたら、居候(いそうろう)連中が早速反応してたな。 aee0f89f-64f7-40eb-ae71-9694c34dcaeb  大体、ナマケモノが怠けていなかったら、名前はどうなるんだ。  忙しく動いて、イソガシモノという名にするか?  そう言ってやりたかったが、エサが減ると困るし、トリカブトの毒を盛られても困る。  目をつむって、そのままやり過ごしていたら、 「シカトするつもりか? 反抗的な態度だな。思春期かっ」  ツッコミが入った。  こっちはボケてもいないのに・・。 「そんなんだから、おさがりになるんだ。ナマケモノでおさがりは、救いようがないぞ」  思えば、雲行きが怪しくなってきたのは、このときからだ。  言葉にトゲが出てきた。  おさがりにやさしい動物園だと聞いていたのに、3代目になってからブラック化。 「聞いてるのか? うどん県から来たおさがり」  そこからやたらと、うどん県、うどん県を連発するから、 7d781440-b920-43c6-85db-586c0397ae11 言い換えたら、 「口答えする気か?」  ギロリとにらんできた。まるで、闇金の取り立てのような目つき。  こうすれば、おさがりがひるむとでも思っているのだろうか? 「大体、うどん県で、蕎麦のほうが好きだと言うから、迫害されるんだぞ。蕎麦好き狩りに遭うんだぞ」  魔女狩りみたいに言うな。蕎麦好きが、村八分になる県じゃない。  うどんだけしかないような言い方は、やめてほしい。  これでも、日本一、面積が小さい県なんだぞ!  心の中で叫んでやった。  そもそも、蕎麦好きなんて言っただろうか? 記憶にもない。  早くどこかへ行ってくれと念じたら、思いが通じたのか、チッと舌打ちして去っていった。  でも奴はまたやって来た。  午後3時の見回りに・・。  そして今度は、何かを持ってきた。何だろうと、薄目で観察してみたら、 7130e838-32a5-4b75-9436-ff51710fa20b 開いた口がふさがらないとは、こういうことなんだろうな。 「どうだ? いいアイデアだろ」  確かに、脳みその小さいポンコツ園長にしては、よく考えたと思う。 “でかした”と、ほめてやろうかと思ったけれど、上から目線で新入りが言うと、その先の展開は地獄絵図。  やる気スイッチの必要な動物は、ほかにもいっぱいいるのに・・。おさがり部隊は、みんないるんじゃなかろうか。  そんなことを心の中で毒づいていると、園長は軽快にチンと鳴らした。  動かないでいると、もう1回鳴らす。 「どうした?」  どうしたって言われても・・。  とまどっていると、チン! 「なぜ芸をしない?」  チン! 「前とは違う自分を、出していこうや」  チン!  耳に響いてやかましいから、あっちに行けという意味で、サッサッと追い払う仕草を、超スローモーでしてみたら、 「それは芸じゃないぞ」  ダメ出しされた。  は・・? 「全然おもしろくない」  いやいやいや、ナマケモノに芸人並みの笑いを求めるほうが、おかしいだろう。一発芸でもやれというのか?  ジッとしているのが本来の姿。 「せめて、地上を俊敏に動け」  リスやサルみたいなことを強要する。  さらにパワハラ園長は、 「おさがりのおさがりになりたいか?」  恐怖のフレーズを口にした。  それはつまり、おさがりの窓際族。“役立たずで島流し”を意味する。  しかし、今のところ、そんな奴のうわさは耳に入っていない。単なる脅しとみた。 「ムリです、ムチャです、ムダです」  否定語を連射してやった。 「さすが、怠ける奴は、ネガティブワードがスラスラ出てくるな」 9ad05bae-0961-4454-bde6-cb233a4ae49d  園長自ら、暴言放言を繰り出してくるなら、応酬するまでだ。心が折れる機関銃を、おさがりを代表して、撃ってやろうじゃないか。 「極小脳みそ、棚ぼた園長。やることなすこと空回り!」  やる気を出したハイスピードで連射したら、胸がスッとした。心がふわっと軽くなった。  快感だ。空の青さが目にまぶしい。  ひと寝しようと思ったが、一寸先は大荒れだった。  トラ丸の上空に黒い雲。木の葉がザザッと揺れて、不穏な空気。  血圧急上昇、顔面赤化(せっか)、鼻息噴射のあと、トラ丸の雷爆弾炸裂! b207ee14-41ca-4549-9b9c-74d8673c63b8  ああ、余計なひと言は、1日を台無しにする。  ぶら下がった木から、一歩も動いていないのに、幼稚園児を相手したみたいに疲れた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加