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7 怠け者なりのナマケモノ日記
7月24日(土) 晴れ のち 園長の雷
学校が夏休みに入って、最初の土曜日。
久しぶりに、家族連れのお客さんが入ってきて、トラ丸園長は機嫌がよかった。
なんせ、昨日まではスカスカガラガラ状態。
まるで、人気が過去になってしまった歌姫の、強気の東京ドームライブのような人の入り。
「おかしいなぁ、もっと来てもいいはずなのに・・」
園長は首を傾げていたけれど、わかっていない。
この動物園の低すぎるポテンシャルを・・。
おさがり動物の低スペックを・・。
「地図に載ってるよな? まさか、消されてないよな?」
ヤギの八木課長に確認していたけれど、誰が何のために、そんなことをするというんだ?
国家機密の場所なのか? ここは・・。
「大丈夫ですよ。地図になくても、カーナビの案内はスタートします」
だとしたら、ホラーすぎるカーナビだ。それともAI搭載か?
「道路が寸断されて、陸の孤島になってないよな?」
今度は、動物園までの山道を心配し始めた。
確かに、国道という名の酷道。
けものに会いに行くための、けもの道。
「今のところ、NHKの災害情報に、地震も土砂崩れもありませんけど・・」
「となると、誰かの陰謀によって、邪魔されてるのか・・」
八木課長は冷静だった。
行列、混雑、大繁盛という言葉が辞書にはない動物園を、誰がつぶしにかかるというんだ?
疑心暗鬼もここまでくると、あっぱれだな。
それにしても、夏休み早々、海にも行かず、山にも登らず、TDLやUSJでもなく、B級スポット以下のおさがり動物園に来るとは、何と奇特なお客さんだろうか。
雑草が伸び放題、段差もあるバリアフリーとはほど遠い園内。
重機で壊しがいのある、廃墟としても映える建物。
全国各地からやってきた、精鋭ぞろいのおさがり動物。
クジャクの羽やヒツジの毛、ゴリラの食べ残しも棚に並べる売店。恐らく、線路の石まで売る銚子電鉄のマネをした。
見習うところを間違えている。
こんなところに来るより、近所の年寄りと一緒に、ショッピングセンターの冷房で涼んでいたほうが、よっぽどいいような気がする。
まぁ、とりあえず、お客さんがいれば、園長の機嫌はいい。
血圧が上がって、ところかまわず吠え散らかすような状況でなければ、動物園は平和なのだ。
午前10時の見回りで、
「がんばれよ」
トラ丸は声をかけてきたけれど、正直・・、
何をがんばっていいのかわからない。
ナマケモノは夜行性。日中は木にぶら下がって眠るのが仕事。
「じゃあ、がんばって寝ます」
面倒くさかったけれど、ガッツポーズをしてみせたら、
「動作がのろい」
やんわりと叱られた。
のろいからこそ、ナマケモノなのに・・。
そして、こうまで言われた。
そんなものがあるわけない。あったとしても、押しはしない。
ナマケモノは、怠けてこそナマケモノ。怠けてナンボの世界なのだ。
「犬は、主人にシッポを振ってこそ犬。媚びを売ってナンボだろうが!」
ボソリとつぶやいたら、居候連中が早速反応してたな。
大体、ナマケモノが怠けていなかったら、名前はどうなるんだ。
忙しく動いて、イソガシモノという名にするか?
そう言ってやりたかったが、エサが減ると困るし、トリカブトの毒を盛られても困る。
目をつむって、そのままやり過ごしていたら、
「シカトするつもりか? 反抗的な態度だな。思春期かっ」
ツッコミが入った。
こっちはボケてもいないのに・・。
「そんなんだから、おさがりになるんだ。ナマケモノでおさがりは、救いようがないぞ」
思えば、雲行きが怪しくなってきたのは、このときからだ。
言葉にトゲが出てきた。
おさがりにやさしい動物園だと聞いていたのに、3代目になってからブラック化。
「聞いてるのか? うどん県から来たおさがり」
そこからやたらと、うどん県、うどん県を連発するから、
言い換えたら、
「口答えする気か?」
ギロリとにらんできた。まるで、闇金の取り立てのような目つき。
こうすれば、おさがりがひるむとでも思っているのだろうか?
「大体、うどん県で、蕎麦のほうが好きだと言うから、迫害されるんだぞ。蕎麦好き狩りに遭うんだぞ」
魔女狩りみたいに言うな。蕎麦好きが、村八分になる県じゃない。
うどんだけしかないような言い方は、やめてほしい。
これでも、日本一、面積が小さい県なんだぞ!
心の中で叫んでやった。
そもそも、蕎麦好きなんて言っただろうか? 記憶にもない。
早くどこかへ行ってくれと念じたら、思いが通じたのか、チッと舌打ちして去っていった。
でも奴はまたやって来た。
午後3時の見回りに・・。
そして今度は、何かを持ってきた。何だろうと、薄目で観察してみたら、
開いた口がふさがらないとは、こういうことなんだろうな。
「どうだ? いいアイデアだろ」
確かに、脳みその小さいポンコツ園長にしては、よく考えたと思う。
“でかした”と、ほめてやろうかと思ったけれど、上から目線で新入りが言うと、その先の展開は地獄絵図。
やる気スイッチの必要な動物は、ほかにもいっぱいいるのに・・。おさがり部隊は、みんないるんじゃなかろうか。
そんなことを心の中で毒づいていると、園長は軽快にチンと鳴らした。
動かないでいると、もう1回鳴らす。
「どうした?」
どうしたって言われても・・。
とまどっていると、チン!
「なぜ芸をしない?」
チン!
「前とは違う自分を、出していこうや」
チン!
耳に響いてやかましいから、あっちに行けという意味で、サッサッと追い払う仕草を、超スローモーでしてみたら、
「それは芸じゃないぞ」
ダメ出しされた。
は・・?
「全然おもしろくない」
いやいやいや、ナマケモノに芸人並みの笑いを求めるほうが、おかしいだろう。一発芸でもやれというのか?
ジッとしているのが本来の姿。
「せめて、地上を俊敏に動け」
リスやサルみたいなことを強要する。
さらにパワハラ園長は、
「おさがりのおさがりになりたいか?」
恐怖のフレーズを口にした。
それはつまり、おさがりの窓際族。“役立たずで島流し”を意味する。
しかし、今のところ、そんな奴のうわさは耳に入っていない。単なる脅しとみた。
「ムリです、ムチャです、ムダです」
否定語を連射してやった。
「さすが、怠ける奴は、ネガティブワードがスラスラ出てくるな」
園長自ら、暴言放言を繰り出してくるなら、応酬するまでだ。心が折れる機関銃を、おさがりを代表して、撃ってやろうじゃないか。
「極小脳みそ、棚ぼた園長。やることなすこと空回り!」
やる気を出したハイスピードで連射したら、胸がスッとした。心がふわっと軽くなった。
快感だ。空の青さが目にまぶしい。
ひと寝しようと思ったが、一寸先は大荒れだった。
トラ丸の上空に黒い雲。木の葉がザザッと揺れて、不穏な空気。
血圧急上昇、顔面赤化、鼻息噴射のあと、トラ丸の雷爆弾炸裂!
ああ、余計なひと言は、1日を台無しにする。
ぶら下がった木から、一歩も動いていないのに、幼稚園児を相手したみたいに疲れた。
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