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8 キリンの首の活用法を模索した結果
キリンのブームは、NHKの大河ドラマ『麒麟がくる』の放送が終了するとともに終わった。
この動物園も、キリンつながりで即座に便乗したものの、明智光秀ゆかりの土地や建物に観光客が殺到しても、
麒麟→キリン→動物園
という図式で、人を寄せることには成功しなかった。
大河ドラマの絶大なる影響は、微塵もなかったのだ。
居候のノラ吉は思う。
「これぞ悪あがき」
千本増毛した薄毛のおっさんと同じ。ふっさふさ感は、微塵も出せない悪あがき。
ほうれい線を気にしたおばさんの、ヒアルロン酸注射と同じだ。
結局は、やった本人の自己満足で終わる。
これで、
「いける!」
と、勘違いしたトラ丸の、ノミのような脳みそを見てみたい。
ノラ吉が、コーヒーをズズッと飲む。トラ丸の椅子にちゃっかり座っていた。
そもそも、大河ドラマはおっさん向けのドラマ。若いファミリー層をターゲットにした動物園で、やることだろうか?
寄席で、ヘヴィメタルをシャウトするほどの感覚のズレ。
これで集客できたら事件だろう。
NHKの地方局が、取材に来るぞ。
やること自体に無理があると、なぜ気がつかない。
前歯のなくなったおっさんが、JKをナンパするようなもんじゃないか。
やる前から、結果は見えている。
ノラ吉はそう思っているが、トラ丸園長は違う。
「ダンボールで作ったのが、悪かったのか? 小学生の工作レベルが敗因か? いや、もっとリアルさを追求すればよかったのか?」
甲冑の出来の悪さを反省する。
「どのみち、低コストではろくなものができないな」
みながスマホを向け、そのあと、SNSでバズる展開を期待していたのだろう。
脳天気としかいいようがない。
そして、事務所の壁に、新たなる教訓を貼っていた。
成功に向け、あえて神は、失敗をお与えになる。
この試練こそ教訓。
どうすればいいのか、考えろと言われているのだ。
この先、園長としての手腕が問われることになるだろう。
ノラ吉は、椅子の背もたれにふんぞり返った。天井を見つめながら、椅子を一回転。
ついでにパソコンを立ち上げ、マウスをポチポチいじる。
「自分なら、1年以内に大繁盛させることができるんだけどなぁ」
独り言をつぶやきつつ顔を上げると、至近距離に、沸騰寸前のヤカン。いや、トラ丸の顔があった。
「ひ、ひざに違和感ですか?」
「・・」
「関節痛?」
「・・」
「お腹の脂肪が気になるとか・・」
「・・」
「気になるのは、生え際の白髪ですか?」
膝・腰・肩の痛みは、まだまだ先の話だと、ツバを飛ばした。
どうでもいいわと思いつつ、ふとパソコンを見ると、
なんと、
「きてますよ!」
動物園のホームページに、質問が・・。
もちろん、初めてのことだ。
トラ丸園長は飛び上がった。
自動販売機の下で、500円玉を見つけるほどうれしいに違いない。三日ぶりにゴッソリと、尻から出るものが出たくらい、うれしいに違いない。
どうして長いのか。
そんな子供らしい素直な質問かと思いきや、活用法を尋ねてくるとは、なんと賢い小学生。
大人でも、そんなことは考えもしない。
長い首をムダにしない。
意識高い系の小学生だ。きっと将来は、東大から経済産業省に入るだろう。
「下手な活用法では、バカにされますよ」
ノラ吉が、画面をのぞき込みながら言うと、
「そうだな」
トラ丸は腕を組んで考え込んだ。脳みそをフルパワー回転。
「輪投げだ。輪投げはどうだ?」
子供はゲームに食いつくはず。
「そうだ、景品も出そう」
景品があるとわかれば、親も食いつくはず。
人間は、欲深い生き物。
タダでもらえるものは、もらおうとする意地汚い性を持っている。
セールとタダは、人間を釣るエサなのだ。
「我ながら、いいアイデアだな」
「そうですね」
とりあえず、ノラ吉はヨイショしておいた。
「甲冑の企画展は、国立博物館みたいで高尚すぎた」
かぶり物だけでは、生き残っていけない。
世の中は甘くないのだ。
おさがりだからこそ、芸が必要。
水族館だって、イルカのジャンプを披露している。カメのレースをしている。アシカに、滑り台を滑らせているではないか。
「キリンの意見も聞いてみないと・・」
ノラ吉が言うと、
「それもそうだな」
一緒に事務所を出た。
「どうだ? 調子は・・」
キリン舎の前で、トラ丸が声をかけると、
「もうかりまっか?」
「なんでやねん」
上から声が降ってくる。
キリンは、大阪出身のおさがり。
とはいっても、今どき、
「もうかりまっか」
「ぼちぼちでんな」
「なんでやねん」
ベタな大阪弁を使う奴もいないだろう。
キリンの中に、昭和のおっさんが入っているんじゃなかろうか。なんせ、自分のことを「わし」と言う。
『東京ふれあい動物園』の、“東京”の部分に、異常に反応もする。対抗意識を燃やしすぎなのだ。
大阪が思うほど、東京は大阪のことなど気にしていない。
勝手にライバル心を持っているようだが、残念ながら、思いは一方通行だ。
そもそも、東京と互角に戦おうなんて、100年早い。大阪が輝いていたのは、江戸時代の初期。元禄文化が栄えていたときだけなのだ。
それ以降、大阪は東京に勝てない。
いや、勝てるとすれば、笑いを取りにいこうとする姿勢だけか。
10人中10人が、撃たれたフリをする。積極的にボケようとする態度だけ。
もしや、学校でボケとツッコミの授業があって、定期テストまでしているんじゃなかろうか。
「そうか、その首で笑いをとればいい」
長さを活かし、大阪のおさがりらしく、笑いをとる。
ほかの動物園では、絶対にやらない。
「その手のハードルは、上げんといてくれや。大阪出身なだけで、みなが芸人みたいに、笑いを取れるわけあらへんでぇ。正直、笑われんのはちょっと・・」
「首に、広告を載せるのはどや?」
キリンが提案する。
「広告?」
「スポーツ選手のユニフォームとか帽子に、企業名が入っとるやろ? あと、球場やスケートリンクの壁なんかにも・・。それを真似るんや」
「ほう、首にTOYOTAとかANAとかSoftBankとか・・」
トラ丸が身を乗り出す。
「パナソニックにマクドナルド、コカコーラ・・。大企業のロゴを載せようや。何なら、ライバルのTDL、USJも・・どや?」
「笑いを取るより、広告を取るか・・」
大金も入ってくる。
「ふふっ、ふふふ・・」
トラ丸は、薄ら笑いを浮かべた。
「・・で、どうすれば?」
「園長自ら、各社に営業をかけるんですよ。頭を下げて・・」
ノラ吉が答える。
「頭を下げて・・?」
「もちろんじゃないですか? 大企業自ら、広告を出させてくださいと言うわけがない」
おさがり動物園なんかに・・。
「け、検討しよう」
と言ったきり、検討しなかった。
「首の活用法があれば、アイデアをください」
その後、ノラ吉は勝手に子供へ返信をした。
トップがこれだから、お客さんは来ないんだよな。
いつまでたっても・・。
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