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1 サル山ヒエラルキーの底辺でもがけ
客が来ない。
それが当たり前の動物園。
その名も・・。
「東京から300㎞も離れてるのに、いいんですか? 東京と付けて・・」
新任園長トラ丸のそばに寄ってきたサルが、一緒に看板を見上げた。
「いいんだよ。東京ディズニーランドだって、東京ドイツ村だって、本当は千葉にあるじゃないか。なのに堂々と、東京と偽っている。所在地の地名を付けなきゃいけないって、誰が決めた? 総理大臣が決めたのか?」
「そりゃそうですが・・」
サルが一旦言葉を切り、エントランスからまっすぐ続く歩道と、その周辺を眺めながら、
「さびれ感というか、地味というか、存在感の薄さからして、茨城ですかね」
「茨城ふれあい動物園。行きたいと思うか?」
「いえ、道路脇にそんな看板が立っていたら、視界にも入らず、素通りします。そもそも、茨城という県のネット検索なんて、UFOが地球を侵略するほどありえないですね」
「都道府県の魅力度ランキングで、常に下のほうを徘徊している県だぞ。水戸黄門という印籠を出せば、みながひれ伏すと思っている県なんだぞ」
園長のトラ丸が、看板の下をくぐる。
「どうあがいても、トップ10どころか、30にも入れない県ですよね?」
「魅力度という名のヒエラルキーだ。最下位を争っているような県の名前を付けると、余計に客が来なくなる。しかもここは、ほかの動物園からやってきた、おさがり動物ばかりだ」
厄介払いされた、クセのある動物たちの、姥捨て山のような動物園。
通称『おさがり動物園』と言われている。
「確かに、おさがりを見せられたって・・。ねぇ、園長?」
「お前もおさがりだろうがっ!」
週末になっても、人は来ない。
祝日プラスの3連休でも、客はいない。
どん詰まりの状況で、
「どうしたものか・・」
トラ丸園長は、腕を組んで考える。
「んん~、んん~」
便器に座って力むようなうなり声を上げるものの、脳みそが萎縮しているのか、これといった打開策が思いつかない。
現状は、雪山で遭難しているくらいの視界不良。前にも後ろにも進めず、立ち往生していた。
園長に就任してから約1ヶ月。
その間にできたことといえば、パソコンの立ち上げ方と、眉間のシワだけ。シワは、割り箸がはさめるくらいに深くなった。
しかも、悩みはそれだけではない。
「入園料、大人料金で払えや!」
トラ丸が、爪を立てて威嚇する。
野良犬のノラ吉。
野ウサギのうさ子。
ハツカネズミのチュー太。
3匹が隠れているのはわかっている。
動物園所属のアニマルではないくせに、ちゃっかり居座っていた。集客にみじんも貢献しない奴らが、しれっとエサを横取りしていくから始末が悪い。
「年間パスポートを買え! それとも、ファミリー会員になって、年会費を払うかっ!」
「・・ったく」
今度姿を現したら、エサ代と光熱費込みの家賃を請求してやる。居候を始めた時期からさかのぼって、ぶんどってやろうではないか。
自分が、この『おさがり動物園』の園長となったからには、しっかりもうけを確保する。
トラ丸は、園内の見回りを始めた。
朝の10時と、午後の3時の日課になっている。
おさがり連中というのは、常に監視をしていないと、すぐに怠ける。
おさがりになっただけのことはあって、エサの分は働くという常識がまったくない。食べたエサ以上に働くという、サービス精神も見せない。
新橋あたりで飲んでいる、くたびれたサラリーマンと同じだ。上司のグチもゲロも吐くだけ吐くが、そんな奴に限って、働きはしない。
サル山へ行ってみると、山の頂上で、若いイケメンのボスザルが、メスに囲まれハーレム状態になっていた。
まぁ、それはよしとしよう。
人間からすれば、サル同士が仲良く、ほのぼのと身を寄せ合っているように見える。
問題は、サル山の底辺にいる奴らだ。
「おい、お前。餃子の県から来た奴」
トラ丸が呼ぶと、
「大きい声で、栃木ってバラさないでくださいよ」
底辺ザルが、慌てて駆け寄ってくる。
見回りする前に、
「おさがりを見せられたって・・」
と言いつつも、栃木からのおさがりで、茨城をバカにしていた奴だ。
「ただでさえ、底辺でくすぶってるんですよ。餃子とかんぴょうしかない県だとバレてしまうと、さらにヒエラルキーのランクが下がるじゃないですか」
「もう下がりようもないだろ?」
「園長」
「何だ?」
「江戸時代の身分制度、知ってますか?」
「士農工商か?」
「そうです。でも栃木は、さらにその下」
「その下?」
「えた・ひにんの身分に匹敵するんです。肩身が狭いんで、面を上げて園内は歩けません」
「サルの世界は今、そんなことになっていたのか・・」
「わかりますか? えた・ひにんの存在って・・」
「いや・・」
「農民・職人・商人の、武士に対する不満をそらすためにつくられた身分なんですよ」
「ということは、群馬・茨城・埼玉の、東京・神奈川に対する不満をそらすための存在ということか、栃木というのは・・」
「そうです」
「まぁ関東は、東京と神奈川、あとはゆかいな仲間たちでくくられるもんな。いや、その他大勢、もしくは雑魚か?」
トラ丸が言う。
「そうですよ。だから、どこに県があるのか、県民以外は誰も知らない」
「まぁまぁ、栃木で生まれた悲劇を嘆くな。顔が暗いぞ。今日の朝礼で言った言葉を忘れたのか?」
「愛想を振りまけ。タダなんだから・・」
スマイルは0円。コストもゼロ。
「底辺にいると、気分的にムリです」
サルがため息を吐く。
「いくら栃木な上におさがりでも、卑屈になるな。群馬に茨城、埼玉のおさがりを見ろ。歯を食いしばって、東京と神奈川の圧力に耐えている」
「前に言いましたよね? ボクは以前いた動物園で、ボスザルだったんですよ」
「ブスザル?」
「ボスザルです。強かったんですよ。向かうところ敵なし。百戦錬磨」
「レベルの低い連中ばかりだったんだな」
「ホントに最強だったんですよ。それなのに・・」
遠い目をして頂上を見上げ、落ちぶれた己の現状をなげく。
「だったらなぜ、おさがりになったんだ?」
「そ、それは・・」
サルが口を閉じた。
「まぁいい。次のボスザル総選挙で、いちごのとちおとめを配って、メスの支持を集めれば、たとえ栃木のおさがりでも、ヒエラルキーの頂点に立てるかもしれん。お前が強いと言い張るなら、その強さを見せつけてやれ。メスザルたちに・・」
ポンと励ましの肩を叩き、トラ丸園長はほかの動物の見回りに行く。
そして、午後3時の巡回で、サル山へ行ってみると、
「何やってんだっ!」
園長の怒り爆発。血圧急上昇。
「言ったじゃないですか。メスに強いところを見せつけてやれって・・」
「・・」
「ボクは強かったんです。麻雀が・・」
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