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 ライアンと別れて、櫂はレオの車で彼の自宅へと向かった。  レオの家はカイルアの静かな住宅地の一軒家で、ウッドベースのシンプルで落ち着く内装だった。  余計なものは置いていないのに寂しく感じないのは、そこかしこに配置された観葉植物と壁に立てかけてある数本のサーフボードのせいだろう。  「元はじいさんの家だったんだ。このあたりじゃ小さな家だが一人暮らしには十分なんだ」  ソファに座ってあたりを見渡す櫂にコーヒーを渡してくれる。 「とっても素敵なお家ですね。初めてきたのになんだか落ち着きます」 「そう言ってもらえて嬉しいよ、必死で掃除したからな。櫂、ちょっとこっちにきてくれ。この家で俺が気に入っているのは庭なんだ。今日はテラスで食事しよう」  レオと一緒に庭に出た櫂は、感嘆の声をあげた。  庭からはカイルアの海が広々と広がり、暮れゆく太陽が空と波をオレンジに染めている。 「ああ、なんて綺麗なんだろう」 「そうだろ。どんなに仕事が激務でも、家に帰ってこの景色を見ると気持ちが落ち着くんだ」 「わかるような気がします。ハワイの自然は本当に力強くて雄大ですね」 「櫂はハワイを気に入ってくれているかい」 「はい。少し前までは日本に帰りたくて仕方がなかったんです」  そう、レオと出会うまではハワイの空気が憂鬱で日本に帰りたくて仕方がなかった。  「でも、今はハワイの自然とここに住むみんなのことが大好きになりました。日本は僕の故郷ですが、ハワイも僕の故郷なんだなって思います」  レオは櫂の言葉に優しく微笑むと、額にキスをしてくれた。  レオのキスはいつだって優しい。 「ふふっ」 「ん?」 「レオのキスはいつもくすぐったいです」 「嫌だった? 櫂が嫌ならもうしないよ」 「まさか! レオがキスしてくれると嬉しくてもっとして欲しくなります」  そう言った途端に、レオに唇を奪われた。  最初は優しく触れるだけのキスが、次第に激しさを増していく。  レオの唇が角度を変えながら櫂の唇を喰間れてしまった。 「ふ、んっ。 レ、レオっ」 「君は本当に俺を煽るのがうまいな。さっきライアンにからかわれた言葉を忘れちまったのか」 「えっ」  櫂は先ほどライアンに言われた言葉を思い出して顔を真っ赤にした。  『恋人の家に行く意味が正しく分かっているかな?』  『レオの家にはベッドがあるだろう。今日君はそのベッドでレオと寝ることになるわけだ』  『恋人同士が一つのベッドで寝る意味はさすがに分かるね』 「あ、あの」 「俺は決して無理強いはしない。だから煽るのだけはやめてくれ」  レオは櫂を抱きしめると苦笑気味に呟いた。 「君が俺の家に来ている以上、理性がどこまでもつかはわからない」 「レ、レオ」 「そういう訳だ。さあ、夕飯を食おうか」  櫂の体をパッと離していつもの様子に戻ったレオが、明るく声を弾ませる。  でも、櫂の心はもはや夕飯どころではなかった。  今日は、レオの家に行くのが楽しみだった。  どんなお家だろう、レオは普段どんな暮らしをしているだろう、どんなご飯を作るのだろう、と恋人の知らない一面を知りたくてたまらなかったのだ。  それなのに今、いや、さっきライアンの話を聞いてからずっと心の中で別の期待をしてしまっている自分に気がついていた。 「レオ、待って」  櫂はキッチンに行こうとするレオの背中に手を伸ばして、シャツをきゅっと掴んだ。 「櫂、どうした」 「あの、僕」  あくまで紳士的な態度を崩さないレオに、自分からこんなことを言うのは恥ずかしい。  それでも、いまは勇気を出すべき時なのだ。 「僕、レオのベッドに行きたいです」  絞り出した声はほとんど消え入り方なほど小さかった。  レオにちゃんと届いただろうか。  振り返って櫂と向き合ったレオの瞳に、欲情の炎が灯った。
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