①かもしれない

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 磯臭さを放ちながら男が差し出してきた秦のスマホに、松蔵は目を落とした。パスコードの入力画面が表示されている。いつの間にか鳴り止んでいる着信音は、錯乱した意識からシャットアウトされていたらしい。 「なんかテントン言ってたんだけど」  秦のパチモンはつっけんどんに言い、精密機器をぎこちなく左右に振った。まるで扱い方を知らない振る舞いだ。この人何がしたいの。  松蔵は当惑しつつもスマホを毟り取った。  次いで自室に立てこもりながら通報するべくダッシュしようとしたものの、背中を見せた瞬間にモップで後頭部を割られる危険性に気付き、一か八か、男と相対した。 「あのさ……どちらさま?秦の友達とか?」  行き別れた兄弟とか。それなら通報することないよな。  松蔵の希望的観測を裏切り、男は首を傾げた。 「ハタ?」  あ、駄目だこの感じカタカナだ。  男が首を傾げるついでにモップの柄でドンと床を突くので、松蔵はより身構えた。  茶色の左目に警戒心をちらつかせ、男が尋ねる。 「あんたこそ誰。王子の仲間?」 「え?」 「ここどこ」 「俺んちですが」 「あんた誰」 「松蔵です」  しまった。このパチモンがのめりこみすぎたコスプレイヤーだとしても、変質者に名乗って得られる利益は一つもない。
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