①かもしれない

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 悔いる松蔵を前に「…マツクラ」と、再びカタカナで呟いて男は眉を顰めた。  その言動から察するに、彼も松蔵と同じくらい、この状況を掴めずにいるようだ。ラリっていたのかもしれない。湘南方面でやんちゃして始発電車に乗ったはいいが、帰る家を間違えたのだろう。きっと秦が鍵を掛けずに出かけたのだ。しかし当マンションはオートロック完備だ。そして通りすがりのサーファーが同居人のそっくりさんである必要もない。 「あの、もし差し支えなければ、出てってもらえる?」  下手に出て頼んでみる。松蔵自身、空手小僧だった過去を持つスポーツジム会員だが、身長体重は平均的日本人だし、得物を所持している相手に体当たりする度胸はない。  男は周囲をぐるっと見回した。 「出たらどうなる?」 「どうって…外に出る」 「外ってどうなってんの」 「どう…マンションの通路がある。ていうか入ってきたからわかるよね?」  男は小さく首を横に振った。 「気付いたらここいたし、わかんね」 「もしかして酔ってる?」 「いや」  実際、男から酒気は匂わない。長らく海を風呂にしていた気配がするだけだ。  逆さに構えたモップの刷毛(はけ)を肩に引っ掛け、ポケット代わりらしいサルエルの裂け目に両手を差して、男は斜めに俯いた。なんとなく行き場に困った時の、この感じ。秦と同じだ。
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