第17章 さすがに己のチキン度が情けなくてちょっといたたまれない。

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第17章 さすがに己のチキン度が情けなくてちょっといたたまれない。

葉波が近頃内心でいろいろと思い悩んでるのは感じ取っていた。 ああ見えて結構抱え込むタイプというか。できるだけ周囲に迷惑などかけないように引いて遠慮してしまうたちなんだってことはもとよりこっちも承知だ。自分からずかずかと他人に働きかけるより、黙って一人で何とかして済ませようとする癖がついてるんだろう。どんな育ち方をしたのか、それとも生来の性格のせいなのかは知らないが。 だから仕事上のことや、進学だとか学校生活についての悩みなんだったらこちらからそれとなく声をかけて、早めに何とか話をするように促してたと思う。あの子は東京に頼れるような相手もいないんだし。わたしが気を配って責任を持ってあげないといけないんだっていつも心に留めてはいた。 だけど、結局向こうから思い定めて声をかけてくるまで。わたしの方からは話の水を向ける気になれなかったのは、その悩みが霊的な事柄に関わるものだってうっすらとわかってたから、って理由に尽きるかもしれない。 霊に積極的に関わっていってはいけない、っていうのは代々伝えられてきた仲川家の家訓だった。 っていうほど大袈裟なもんじゃないか。先代の社長、つまりはうちのじい様から口が酸っぱくなるほどしつこく言い聞かされてきた教えだ。 どこでも多少なりともそうだと思うけど。不動産屋って生業はどうにも霊現象とか科学で説明できない、割り切れない不可解な出来事を完全に切り離しては済まされないところがある。霊感のあるなしに関わらず、そういう実感を持ってる同業者が多分多数派だと思う。 「だからといって深くそれと関わるのは避けなきゃいかん。人間のなりをしてるから、言葉が通じるからといって普通の生きてる相手みたいに対等に扱って、真っ向から取り合う必要はない」 「でも、あたしが霊を感知できるのは。不動産屋としては重宝な素質だって言って褒めてたじゃん、前に」 それで、うちの父親を頭越しにいきなり孫娘のわたしに自分の不動産屋をぽんと継がせたくせに。 まあ、父はもともと不動産と関係ない仕事についてたし。他の孫たち、つまりわたしの兄も姉も街のちっぽけな不動産屋の跡継ぎになりたいなんて天から考えてないのは丸わかりだったから、結果オーライというか。誰も傷つかない上手い着地点だったとしか言いようがないが。 じいちゃんはいつものふざけた様子もなく、珍しく思慮深げに細い目をますます細めてわたしを見た。 「存在を見て取れるのはいい。というか、間違いがないように事故が起きないように、害のあるものを事前に察知して避ける必要があるのは確かだけどな。でも決して、それを自分の手で解決しようなどと考えてはならない。お前の人生に、霊なんて余計なものに一歩たりとも踏み込まれるのはまかりならんよ」 つまり、危険物を察知できる能力は絶対に有益だしそれがあるに越したことはない。だけど当の危険なものと個人的な関わりを持ってはいけない。普通の生きてる人間同士みたいに会話を交わすなんてもってのほか、狂犬か毒蛇を相手にするときと同じように遠巻きにしてただ回避するだけでいい。ってことらしい。 まあ確かに。実際に自分で物件を取り仕切るようになると、部屋の中や建物の周囲で何か言いたげに佇む人間の形をした影を横目で感じつつ、こいつらと目を合わせたら駄目。ってことはひしひしと実感するようになった。 この人間はこっちの存在に気づいてるのか?だとしたら、ついてって声をかければ話を聞いてもらえるんじゃないかって期待で身体を膨らませてる霊たち。控えめに気配を消して感知されないようひっそりと身を隠してる引っ込み思案な霊なんて、むしろ滅多なことじゃお目にかかれないかも。 その様子はどっちかというと、独りよがりな一方的お喋りに付き合ってくれそうな暇なお人好しを街角に立って物色してるちょっと厄介な人物に似ている。目を合わせちゃいけない、って察知して足早に通り過ぎられない人は必ずババを引く羽目になるってみんな本能的にわかる奴。 どうしたんですか?なんてこっちから水を向けるなんて愚の骨頂。だから、明らかに人の形をした霊を部屋の中で見つけても。それを取り除くために向こうから情報を得よう、なんて気にはさらさらなれなかった。 しかし、だからといって。話し合って説得するでもなく、ただ問答無用、実力行使で悪霊退散できるような除霊能力の持ち合わせもなかったわたしなのだった。 つまりはこの家には、このマンションにはやばいもんがいる。って見極めはできてもそれを片付けることはできない。触れないからどうすることもできない。 「明らかに障りがありそうな部屋なんだけど。どうやって貸し出せるようにすればいいの?じいちゃんはどうしてた?もしかして、自分はちゃんと除霊できんの?」 引退してのんびり庭いじりしたり風流に句など詠んでるいいご身分のじい様に試しに尋ねてみる。五十年あまりも小規模ながらこの界隈の物件を手がけてきて、大火傷もしてないのなら。その手のものをどうやってか上手くやり過ごしてきたノウハウの蓄積があるはず。
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