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出会い
僕はいつもの道を歩く。川沿いのこの道も、もう見飽きて感動もしない……
この川沿いの道は、春になれば桜が咲いて綺麗な桜並木になるし、
冬には、イルミネーションが飾られてロマンチックにもなり、この季節になるとよくカップルが歩いている。
二人手を繋いで嬉しそうに歩いてるカップルをみていると、僕だけ取り残された気持ちでよく心が寂しくなったものだけれど。
ここへは、働き始めた頃に引っ越してきて、出勤する時は丁度、春で、桜が舞い散る風景が凄く好きだったっけ……
社会人になったばかりの頃は、大人になれた事が嬉しくてワクワクしていたし、何もかも新鮮で僕のいる世界がとてもキラキラして見えていた。
今は、どうだろうか。ワクワクすらしない、かわり映えしない毎日。
起きて会社に向かい、また帰って寝たかと思うとすぐ朝がきて、起きて会社に向かう。
ダルい、行きたくないと思いながら、
道の途中にあるカフェでコーヒーをテイクアウトして出勤する。
毎日、コーヒーを買うものだから僕はこのお店の常連になってしまったようで、店員さんとも
「おはようございます。いつもので大丈夫ですか?」
「はい。お願いします」
と注文もせずに買えてしまう。
店員のその女性は、爽やかで、でも、爽やかすぎず、朝の僕の機嫌を不快にさせない。
僕は、朝が特に弱い。例えば、朝に何か嫌な事を言われたりするとすぐに頭に血がのぼり顔には出さないものの、内心イライラしてしまい
一日のコンディションが悪くなる。
後々考えると何故そんな事で怒ったのか疑問に思うほどなのだ。
だから、そんな僕を不快にさせずにいてくれる店員さんにいつも感謝をしながら
めざましのコーヒーを頂く。
最寄り駅まで10分程歩くので、この川沿いの道をゆっくり歩きながら、駅に着く頃には飲みきる事が出来て自然とストレスが軽減できる、ホッとする、気がする。
朝のコーヒーを飲み終わると、不思議と仕事モードにスイッチが切り替わってくれている。
僕の仕事モードに切り替えの為のルーティン。
朝の忙しい時間だけど、少し早めに家を出て、僕はあえてゆっくり歩く。周りの出勤するであろう人達は、スタスタと早歩きで僕をどんどん追い越して行く。
そんな人達をみて、僕は朝からせかせかしたくない。それだけで疲れてしまう。
どうしてみんなは朝からそんなにせかせかしているのだろう。疲れないのか…… ?
いつも毎朝考えること。
ふと、前をみると、僕と同い年か年下に、見える女性が、空を見上げて幸せそうに微笑んでいる。
彼女は、何をみてそんなに微笑んでいるんだろう……
こんなに朝の忙しい時間に。
みんな早歩きで歩いて行くのに、彼女だけはそこに立ち止まり空を見上げているのだ。
朝のこの光景には似合わない。
彼女は、穏やかに、そして優しい表情をしている。そんな彼女を見ていると自然と目を奪われてしまった。
目の前にいる彼女だけがその場に存在していて
光の中に、包まれているような感覚に陥った。
僕は、音も風も感じない世界で全ての時間がとまってしまったように感じた。
とても彼女は綺麗で、眩しい。
どこをみているのか、空をみてみるけれど、空は雲一つない真っ青な青空だった。鳥や風、花が咲いている感じでもない。
僕はどのくらい彼女をみつめていたのだろうか……
いや、時間は恐らくそんなにたってはいないけれど、長い時間、時がとまってしまっていた感覚だった。
彼女が僕の視線に気がついたようで、こっちをみていた。僕ははっと我にかえり、目を逸らした時にはもう遅い。
彼女と目が合って、恥ずかしさを隠しながら、(失礼します。と心の中で呟きながら)軽く会釈をし、通り過ぎた。
彼女も軽く会釈をしていて、お互いが気まずい雰囲気のまま足早にその場を通り過ぎる。
彼女には、どう思われたのだろうか。
おかしなやつ、だと思われただろうか。
会社に出勤してからも、
朝の出来事が忘れられない。
彼女の表情やしぐさを思い出してしまう。
「神谷さん!どうかしましたか?」
後輩の岡本だ。(聞いてくるなという表情をしながら)「何でもないよ」と応対する。
「そうですか?神谷さんがボーとしてるなんて珍しいなと思ったので、体調でも悪いのか、何かあったのかと心配しましたよ」
「ああ、そうか。心配してくれてありがとうな。仕事の事を少し考えてただけだよ」
「そうですか。ならよかったです。何か手伝う事はありますか?」
「大丈夫だよ。手伝って欲しい事があれば、僕からお願いするから」
と岡本の肩をポンポンと軽く叩く。
席を立ち上がり給湯室にコーヒーを入れに行く。
今日は、どうしてしまったのか。
山ずみの仕事があるにも関わらず、進まない。
頬をパンパンと叩いて自分自身を奮い立たせながら仕事に打ち込むように気合いを入れる。
結局、今日も家に帰ってきたのは夜の11時をまわっていた。
ふう〜と息を吐き、すぐにシャワーを浴び
部屋着に着替える。
仕事後のビールを一杯飲んで、仕事モードからの切り替え。
朝は、コーヒーを飲み、帰ってきてビールを一杯飲むことが僕の一日の切り替えスイッチ。
コーヒーで始まりビールで終わる。
家に帰ってきても平日は何もする事もない。
趣味というのか、好きな事はあるが、週末にたまにする。
僕の中で週末しかしないとルールを決めている。オンラインゲームで戦ったり、マンガを読んだりして過ごしている。
平日はいつも好きな事をする気力すらない。
ほぼ、早く仕事が終わる事もないから、寝に帰るだけだ。
休日はゆっくり寝て昼過ぎに起きて、食事をし、洗濯、掃除をして、そうこうしているうちに、夜ご飯を作り、風呂に入って寝る。
たまにオンラインゲームの仲間に呼ばれてゲームをする事もあるけれど、ほぼないに等しい。
本当に代わり映えしない毎日だ。
今の会社に入社してから五年。毎日同じ朝だったが、初めて凄く癒された感覚がしていた。
あれからは朝、彼女の事をいつも探している。
あの日から、彼女は同じ時間に同じ場所にいた。
彼女は、いつも両手を伸ばし深呼吸をしている。
深呼吸をして、また、空を見上げている。
僕は、毎日彼女を目で追っていた。
彼女は、今、何を考えているのだろう。
話してみたい。
声をかけたいけれど、かけられない。
僕は、そういうのは、凄く苦手だ。
どうしたらいいんだろうか……
急に声をかけたらびっくりさせてしまうだろうか……
自然に声をかけれるように色々なパターンを考えてみる。
ちょっと慣れてるよ感を出して話しかけてみる……のは?
『おはようございます。いつもいますね。何してるんですか。よかったらお茶でもどうですか?』ってこれはタダのナンパか!
と頭の中で葛藤し、ツッコミをいれる。
最近の僕の頭の中は朝からぐちゃぐちゃしている。
その他にも、
『チンピラ風の男を演じ絡む』
『彼女が気がつくようにわざと物を落とす』
『真面目にストレートに想いを伝える』
『今日も服装がとても素敵ですね。と普段から知り合いのようにしれっと話しかける』
とか、色々考えてはこれは駄目、あれは駄目と駄目だしを自分でして今にいたること数週間……
結局、結論は普通に声をかけた方が誠実だということに気がついて思った事を聞いてみようと思った。
『あの時、君は何をみて笑っていたの?』
『あの時、君はどんな世界にいたの?』
僕は、彼女の世界へ入ってみたくなった。
よし!まずは、少しずつ僕を知ってもらおう。
僕はとにかく毎日、彼女を見つけてすれ違った時は、微笑みかけたり(どうも、おはようございます)と心の中で言いながら、
だけど、
笑い過ぎない自然に少し微笑んでいる程度の表情にするようにして、
大人の男の落ち着いた雰囲気に見えるように心がけた。
毎日すれ違っているとお互い知り合いのように思えてきて、彼女も何も言わないが、そんな表情に見えた。
それから一週間もすれば、毎日すれ違う事が当たり前のようになっていて、彼女を見かけない時は、今日は休みなんだな。と僕は心の中で『よい休日を』と呟いていた。
彼女に会えた日は、何だかいい日になりそうだ!と元気を貰えた気分になる。
自然と僕の心はウキウキ、スキップをしてしまうようにうかれていた。
あの日もウキウキしながら、彼女を探していた。
今日も休みなのかな。と彼女を探しながら、進行方向と反対を見ながら角をまがる。
ドン!
「いてぇ……」
前に目を向けると視線の先には彼女が転んでいた。
「うっ......」
彼女は足から血が出ていて痛そうに膝を抱えてうずくまっている。
「大丈夫ですか? すいません」
「はい。大丈夫です。少ししたら立てると思うので、気にしないで下さい」
「でも、足から結構血が…… 僕がよそ見してたから……」
「大丈夫です。私も、よそ見してたので、すぐに立てますから」
そう言いながら彼女は僕をみる。
「あっ!」と彼女は僕をみて呟いた。
「......いつも、この道で会いますよね?」
そう僕に話しかけてくる。彼女は、ケガよりもそっちの方に気が向いたようだ。
「はい。いつも会いますね」
そう答えながら、彼女のケガが気になって仕方ない。
彼女の肩を抱えて、「そこのベンチへ、とりあえず座りましょう」とベンチまで一緒に歩く。
彼女は痛そうに片足を引きづっている。
いつものカフェの隣に薬局とコンビニが並んでいる。この時間だと薬局はあいているかわからないけど、あいてなくてもコンビニに行けば、消毒薬位はあるだろう。
「ちょっと、待ってて下さい」
僕は急いで消毒薬を買いに走った。
薬局は、少し時間が早かったようで、
あいてはいなかったが、オープンの準備をしている所だった。
薬局には、短髪の30代なかばくらいの男が立っていた。
僕は急いでその男に声をかけた。
「すいません。転んでしまって、すぐに消毒薬が必要なんです!薬を売って貰えませんか?」
僕は、息があがるのをおさえて必死にお願いする。
「どこをケガしたんですか?」
「僕ではなく、知り合いでして、ひどくケガしたので処置用の材料もあれば有難いです」
「わかりました。まだオープン前ですがそういう事なら」
と最初はジロジロみていたが、最後は消毒薬と処置用の材料を売ってくれた。
急いで戻ると彼女は膝を眺めていた。
「すいません。戻りました」
「あっ。ありがとうございます」
こうゆう時はどうしたらいいか分からず、買ってきたものを彼女に渡した。
材料を受け取ると彼女は傷口を消毒する。
「病院には、行かなくて大丈夫ですか?」
「大丈夫です。大きなケガでもないですし、ありがとうございました。私、そろそろ行かないと」
「そうですか。本当に申し訳ありませんでした。傷の具合など気になるのでよかったら連絡先を教えて下さい」
「大丈夫ですよ、充分してもらいましたから」
「それなら、後日お詫びに食事をご馳走させて下さい」
彼女はその後も本当に大丈夫と言っていたが、このまま終わりたくない。と僕は思った。
彼女は、しつこい僕に少し戸惑っているようだった。
「じゃあ、僕と友達になってもらえませんか?」
気がつくと口が勝手に喋っていた。
我にかえって、恥ずかしくなって自分でも顔が赤くなっている事がわかる。
そんな僕をみて「わかりました」と照れた感じでスマートフォンを出して連絡先を交換する。
連絡先を交換した後は、何を話していいかわからなくなって「じゃあ、また」と挨拶するのがやっとだった。
「はい、また」と彼女も笑いながら別れた。
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