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花『想い』
私は、ずっと、長い間暗いトンネルを歩いている様だった。
七年前
タケル『有馬 健』とは同じ高校で席が隣同士になったことから仲良くなった。
タケルは少しグレてるような印象で知らない人から見たら感じが悪い印象を受けてしまう。
話して知っていくとすごく優しいし、悪い人ではない。
タケルの事を知っていく内に、私はタケルの事が好きになったし、タケルも私の事を好きでいてくれたみたい。
私達が付き合う事になったのは、高校二年生になった頃
「花、俺、お前のことが好きだわ。これからも俺とずっと一緒にいてくれ」
タケルは恥ずかしそうに耳を赤くして私から顔を逸らしている。
「うん、私もタケルのこと、好きだよ。 ずっと前から」
私も正直に気持ちを打ち明けると嬉しそうにしてたっけ……
高校一年生から一緒だったけど、それからは、登下校もずっと一緒にいたし、下校後は街へ行って買い物をしたりご飯を食べたり、試験が近いと、図書館がデートの場所となった。
タケルは、勉強は嫌がっていたけど……
本気で嫌がって『俺、帰るわ』と言われた時は
「えっ! 私を置いて帰る気? どうするの? 私、誰かに襲われたらどうするの? ねぇ。 いいの?」
としつこく言って駄々をこねた。
この文句を言うとだいたいは『しょ〜がねぇな〜』って付き合ってくれる。
お互いの家にも遊びに行って晩御飯をご馳走になったりして、私のお母さんはタケルが気に入ったらしく、いつもちょっかいを出してからかってたりしていて、タケルが来ると嬉しそう。
二人のやり取りを見ていると、とても嬉しい。
私は映画がすごく好きで、暇があればそのシーズンのものは観ていた。
学生だったからそんなにお金はなかったけど、学生割引と、何回か観ると一回タダとかいう割引を利用して、タケルと一緒にみに行った。
私達は、一緒にいる月日がお互いをなくてはならない存在にしていたし、私もタケルが私から離れていくなんて考えた事もなかった。
「花、大好きだよ」
「うん。 私もタケルのこと大好きだよ」
二人はそっと唇を重ねる……
二人は永遠に離れることはない。
そう、信じて疑わなかった……
春の日
ポカポカしてきて気持ちいい陽気だな。
春になってきて朝の気温も過ごしやすくなってきている。
私はいつものようにタケルを待っていた。
二人の家と学校の真ん中位の位置に小さな公園があった。ここのベンチで毎朝待ち合わせしている。
帰りも離れたくない時はここで少し話していたりもする。
「タケル、遅いな〜」
メールを打ってみる。
ーー タケルまだ? 寝坊したの? 先に行ってるね! 連絡してね。
いつもはすぐ既読されるのに全然既読されない……
時計を見ると、遅刻ギリギリの時間。
気がついたら連絡がくるだろうと私は学校に走った。
学校について授業を受けていると2時間目が始まろうとした頃に先生達が騒がしく走りまわっている。
程なくして、担任の先生が教室に入ってきた。
「みんなに話さないといけない事がある…… みんな、気持ちを落ち着かせて聞いてくれ……」
そう言って、先生はすぐには話そうとしない。
教室全体がザワつく……
「え…… 有馬だが…… さっきご両親から連絡あって、交通事故で病院に運ばれて、な、亡くなったそうだ……」
「えっ…… せ、先生、どういうこ、とですか……?」
私は思わず先生に駆け寄ろうとするが、前に足が進まない。
クラクラする…… 何があったのかよく分からない。視界が暗くなる。
「ゆ、結城! 大丈夫か?」
……遠くで声が聞こえる。
♢
気がつくと保健室のベッドに横になっていた。
本当なの…… ?
涙が頬をつたい流れる。
きっとタケルはすぐに私の所に来てくれるはず…… 信じない…… 信じたくない
ベッドのカーテンをシャッとあける音がする。
お母さんが迎えにきた。
「花…… 大丈夫? 一度、 家に帰ろう?」
声が出なくて、何か話したら涙がとまらなくなりそうで軽く頷く。
「さぁ」とお母さんは私と手を繋ぎ前を歩いている。
お母さんも少し元気がないようにみえる。
いつもは、冗談を言ったり、何とかなるさ! って言ってくれるのに……
お母さんの手が…… とても、暖かい……
お母さんの後ろ姿を見ていると、少しずつ
ほ、本当な、のかな?と感じる。
お母さんの顔はみえないけど、少し肩が震えている気もする。
ああ。 お母さんも悲しいんだな。 私に泣いてる所、見せないようにしてくれてるんだね。
タケルは、本当に、死んだんだ
タケルが死んでからは部屋から出なかった。
タケルのお葬式も、タケルの死を本当に認めてしまうようで怖くて行けなかった。
最後のお別れに……
私は、タケルの死以来笑う事がなくなった。
というよりも、笑えなくなった。日々がつまらない。
この世界は、全然楽しくない。
それでも、家族や人前では、この心がわからないように、普通に話したりもしている。
できるだけ明るく、もう、落ち着いたかのように。だって、周りのみんなが心配してしまうから。
学校へ登校してからは、一人で窓の外をみている事が多い。
友達に話しかけられた時は、普通に接したりして、お昼休みとかは人混みを避けて一人で過ごしている。
ふぅ〜 息が詰まる。
今日も空は青いな。
タケルが居なくなってから、季節が一回ずつ変わった。
「タケル、今、何してる? きっと、私だけ置いてったこと、後悔してるでしょ。」
空に向かってタケルに話しかける。
最初の頃にいっぱい泣いたから、今は、悲しくても涙も出てこないや。
『ズキン』胸がとても痛くなる。
私は、これからどこへ向かって歩いて行けばいいんだろう。
少しずつ時間が過ぎていく中で昔のようにはいかないけど、それなりに過ごせるようになってきた。
ただ、ここにいると…… タケルを思い出してしまいそうで、今の私は、タケルを忘れる事で前に進める。タケルが悪い訳でもないし、私にとってはタケルが全てだったから。
考えてしまうと、壊れてしまいそうで、タケルの所に行きたくなってしまいそうで。
タケルがいなくなって周りの人が悲しむ顔をいっぱい見たから、私がタケルの所に行ったらみんなもっと悲しむもんね…… だから、タケル、ごめんね…… 少しの間、忘れるね
高校を卒業してから地元から離れた大学に通う事にして大学生活は一人暮らしをした。
新しい友達も出来たし、地元での出来事を知る人は誰もいない。
新しいスタートをする。
大学が終わったら、近くのカフェへ行ったり、買い物を楽しんでいる。
友達に誘われ飲み会にも参加してみたけど、何も感じないし、楽しいふりをするだけ。
今も一人で空やたまには、山に登ってぼんやりする事が一番落ち着く。
どうやら、人混みはあまり得意ではないみたい。
大学を卒業してからも地元に戻らず、離れた場所で就職した。
春の日
晴れて就職して社会人としての新しいスタート。少しずつ前に進めている感覚がある。
就職先は、フラワーショップで色々な所に店舗を構えている大きなお店だ。
最初は研修で店舗の仕事をする。それからどこの店舗に行くか決められる。本部に配属されると事務の仕事が主になるけれど、店舗勤務がよかったから、ここに配属されてよかったと思っている。
私は、自然が好きだし、花を眺めながら仕事が出来ると思うと日々癒されている。
引越し先は、小さいアパートだけど、外観もとても綺麗で築10年とは思えないほど、綺麗で家賃も安いし、目の前の道が川沿いに面していて
季節で風景が変わると聞いて即決した。
これからこの道で季節を感じられると思うと、とても楽しみ。
引越しを終えた所で、川沿いに出て深く深呼吸をする。
『ふぅ〜』 肺いっぱいに空気を吸い込む。
空はとても青い。
一日の始まりは毎朝少し早起きして準備をする。仕事に行く前に空を見ながら、
朝の空気を深呼吸をして、
今日もいい日になるように祈る。
フラワーショップ店には、徒歩で10分程の所にあり、ゆっくり歩いて出勤する。
フラワーショップでは、綺麗な花を見る事は出来るけれど、
花用の冷蔵庫に水をはったバケツに切り花を入れて保管しているので、ショップ内は寒い。
その上、切り花の茎からでる汁は指につくと落ちないし、皮膚がかたくなってしまう。
とても素手では触れないし、傷みかけてる花は取ってあげないといけない。表は華やかに見えるかもしれないけど、裏では、細かく手入れをしている。
お客様には、枯れている部分をみせてはいけない。
プレゼント用の花束を注文されて、予算を聞いてお作りする。
お客様一人一人にそれぞれのドラマがある。
前にお作りしたときは、プロポーズで使用した花束だった。
プロポーズで彼女さんがとても花束を褒めてくれていたみたいで、わざわざお礼を言いに来てくれてプロポーズは大成功だったらしい。
人々の幸せを願って花束をお作りする事を、いつも心を込めて行っていた。
想いというのは、目に見えなくて伝わると私は信じている。だから、私以外の人々が幸せになってくれれば嬉しいとも思う。
私は…… ふと、 これからの自分の事を考えると暗くなる。
私の時間はあの時から止まっている。
ただ、そこに存在するだけ。幸せでもなければ、不幸でもない。
この穏やかな時間に身を寄せている事がとてもいい。
一人で過ごす時間も慣れてきて、楽しいと感じていた頃、家の近くに『ボヌール』というお店を見つけて、吸い込まれるように入っていった。
お店の外観は一軒家でお庭に花が植えられていて、入り口の扉は赤い。外観がとても可愛くて、すぐに気に入った。
お店に入るとスラッとした男性がエスコートをして席まで案内してくれる。
初めてのお店で緊張しながらも心がほっとする気持ちも感じていた。
席は、窓側で外を見ることが出来る。天気がとても良く日差しが眩しい。でも、この眩しさが良かったりもする。植物なら光合成をしてる感覚。
メニューは、種類がいっぱいあって迷ってしまうから店長のおすすめと書かれたメニューに決めた。今日、明日はお休みだから昼間から一杯しましょうか。 ワインも一緒に注文する。
今日は、新しいお店を発見したし、天気もいいし上機嫌。
店員さんが料理を運んできてくれる。
「ありがとうございます」
お礼を伝え店員さんの方をみると、目があって
思ってた以上に店員さんとの距離が近かったことに驚いてしまった。
店員さんは、水を入れようと前かがみになっていたみたい。
そこで、やっと気がついた。
店員さん、とても綺麗な顔をしている。
どうしてそう考えてしまったのかわからない。
それでも、次の日もあの店員さんの顔が離れなくて、会いたくなってしまうから
休日になると『ボヌール』へ行く事が増えるようになった。
もちろん、料理も美味しすぎて忘れる事も出来ないから、自然と通うようになる。
他の店員さんとも普通の会話をする位までになり、もう少し通ったら常連客として認識されそうだと思っていた時、あの日を再び思い出した。
そうだ。私はもう恋はしないと決めたし、辛い想いもしたくないと決めている。
私は店員さんへの恋心を密かに蓋をして『ボヌール』へ通う事をやめた。
『ボヌール』に行く事をやめても何もかわった様子もなかったし、心を乱される事もない。朝のゆっくりした時間はかわらなく、過ごしている。
店員さんへの恋心が落ち着いた頃、彼に出会った。偶然ぶつかったのがきっかけで彼と会うことになった。彼は神谷さんと言って見た目は真面目だけど、どこか空気感がタケルに似ていた。だから、神谷さんと話しながらもタケルの面影も重ねていた気もする。
ランチで始めて会った時、神谷さんはいつもと雰囲気がちがって気がつくと胸の鼓動が速くなってドキドキしている自分がいた。
会って話してても、趣味とか好みが合うみたいで神谷さんと打ち解ける事に時間はかからなかった。少しずつ、距離が縮まっていくのを感じる。
私、好きになったかもしれない……
私の中で少し変化がおきている。
七年前の私と今の私。
神谷さんといると嬉しい。
再び誰かに恋をする気持ちが芽生えたこと、嬉しいという感情、そんな気持ちになるなんて考えてもみなかったから。
でも、私は、もう誰かを失った苦しさをあじわいたくない。あの時の事を思い出して身体が震える…… こわい……
気持ちを落ち着かせて、神谷さんへの気持ちは忘れよう。友達として割り切れるように。
私は、再び人を好きになる心に蓋をした。
昔と同じように心を蓋をしたら、神谷さんへの感情も不思議と感じなくなった。
すぅー と心の中が静まり静寂が訪れた気がする。
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