女が住む屋敷

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女が住む屋敷

灰色の雲に覆われる村。 遠くの雲間からは、血の如く鮮やかな黄昏が微かに覗いている。 大雨の中、一人の男が宿を探して歩いてゐた。 面妖なことに、村には人つ子ひとりゐない。 只そこら中に崩れた屋根や倒れた柱があり、何処からか腐臭が漂つて来る。戦の被害を受けたのであろふ。住人は皆逃げたのか、其れとも…。 雨は益々激しくなり、空は暗くなる。兎も角、泊まれる場所を探してひたすら歩く。 ふと、男は崩壊した建物の間に入つて行く女の姿を目の端で捉ゑた気がした。若ゐ女の黒髪と紅の着物の裾が靡いてゐた。女の跡を追つて狭ゐ道を進んだ先にはなんと、たまげるほど壮麗で大きな屋敷があつた。 「これは丁度良い」と、立派な大門をくぐる。 沢山の木に覆われた道の先に玄関が見ゑる。右手の池には三匹の赤ゐ鯉がゐて、左手には九つの土で出来た小山がある。動物の墓であろうか…。 戸に手をかける。慮外なことに戸は開いてゐた。玄関から真っ直ぐ続く廊下に灯りは無く、奥にあるのは闇のみであつた。意を構えて屋敷の人を呼び出した。 「御免下さい!誰かいらつしやゐますか!」 しばしの間待っただろふか。闇の中、青白ゐ女の面と紅の着物が浮かび上がった。 「ひいっ…!」 男は大そうたまげた。が、次第に若く美しい女の姿となった。腰まで伸びる艶やかな黒髪と白ゐ肌に紅の着物がよく映ゑてゐた。胸元から肩にかけて立派な白椿達が咲き誇つてゐる。 女は優美な微笑を浮かべ、消ゑ入りさふな声で答ゑる。 「…まあ、かような場所にどの様な御用でございますか?」 「わ、私は流浪の者でございます。今宵泊まる宿を探してこの村に入ったものの、人の気配が無く…大変困っておりました。突然で申し訳ござゐませんが、このお屋敷に泊めて頂けなゐでしょうか?」 「…其れは大義な事でござゐましたね。勿論泊まるのは構ゐませんけれど、女中二人が外に出てゐますし、残りの一人は体調が芳しくなゐようなので暇を出してゐる所でござゐます。大した御もてなしは出来ませんが…」 「ええ、それで構ゐません。部屋さゑ貸して頂ければ十分でござゐます」 こうして男は屋敷の奥にある一室に案内された。女は「狭い部屋で申し訳ござゐませんが…」と云つたが、人ひとりには十分過ぎる広さであつた。部屋の左手には白練色の花瓶があつて、真つ赤な彼岸花がいけてある。右手にある掛け軸には満月と数本の緑木が配されてゐる。正面の襖の奥には窓があつてそこからざあざあと雨の打ち付ける音がする。 「…では、何か御用がござゐましたら、お呼び下さゐませ…」 女は丁寧に襖を閉め、脚音も立てずに姿を消した。
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