13人が本棚に入れています
本棚に追加
4.名水とおにぎり
みるみるうちに空になっていくペットボトルを、大橋はぼうぜんと口を開けて見つめていた。
目の前には、既に空になったボトルの山。今彼女が口にしているので六本目だろうか。彼女はその六本目もあっという間に空にすると、何とも満足げなため息をついた。
「ああ、うまい! こんなにうまい水があるとは知らなかった」
――そりゃ、うまいだろ。一本百二十八円もする名水だからな。
軽くなった財布の中身を思い出して、大橋は小さくため息をついた。
大橋はあの後、女を近くのコンビニに連れて行った。何が食べたいかと聞くとご飯と水を所望したので、おにぎりとペットボトルの水を買おうと思ったのだ。
だが、それぞれ一つずつかごに入れた大橋を、女は不満げな表情で見上げた。
「足りぬ」
大橋はもう一つずつかごに入れた。だが、女は首を横に振る。
「もっとだ」
よほど腹が減っているのだろうか? だが、女はおにぎりだけではなく、水もどんどんかごに入れるよう指示してくる。結局彼女が首を縦に振ったのは、名水を七本とおにぎりを十五個かごに入れた時だった。
「このくらいで我慢しておくとしよう」
会計で告げられた金額に青くなり慌てて財布の中身を確認しながら、大橋はその言葉に目を丸くしたのだった。
すっかり軽くなった財布に肩を落としつつコンビニを出た大橋は、おずおずとその袋を彼女に差し出した。
「どうぞ」
が、彼女は首を横に振り、あの美しい笑顔を浮かべながら、さらりととんでもない言葉を口にする。
「おまえの家に連れて行け」
「は?」
この時の大橋の目は、まさに「点」そのものだった。一人暮らしの男に対し、うら若い女性が吐くセリフとは思えない。大橋は慌てて首と手を振りまわした。
「な、何を言ってるんですか。俺は一人暮らしなんですよ。そんなところに、初対面の女性が……」
「初対面ではない」
彼女はにっこり笑ってそういうと、大橋を心なしかうるんだ目でじっと見つめる。
「おまえには、おととい会っている」
――おととい?
あの時、確かに彼女はそう言った。
大橋は先刻の会話を思い出しながら、ちゃぶ台の前にちょこんと座り、手にしたおにぎりを不思議そうにひっくり返したりつついたりしている彼女をまじまじと眺めた。
最初のコメントを投稿しよう!