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――俺、こんな美人と会った記憶、ないんだけどな。
これほどの美女と関わりを持てば、いかな大橋とて忘れる訳がない。だいたい、この格好といい、あの水の飲み方といい、尋常ではない。一目会ったら忘れる訳もないのだ。
あれこれ考えながらぼんやりと女を見ていた大橋は、息をのんだ。女が大きな口を開けて、おにぎりを包装ごと口に入れようとしているのだ。
「あ、あーっ! ちょっと待って!」
慌ててその手からおにぎりを奪い取る。
「何をする」
女は不服そうに口をとがらせて大橋をにらみ付ける。その表情がまた何ともかわいらしい。大橋は赤くなって慌てて視線を手元に落とすと、おにぎりの包装を開けてやった。
「これは、こうやって中身を出さないとダメなんです……ていうか、コンビニのおにぎりも食べたことがないんですか?」
大橋が渡したおにぎりを嬉しそうに受け取ると、女は無邪気な笑顔を浮かべながらこくりとうなずく。
「ない」
――マジかよ。
大橋は、おいしそうにおにぎりを頬張る女を、信じられない思いで見つめた。
大橋の視線に気がついたのか、女はおにぎりを頬張った顔を上げてにっこり笑ってみせる。
「おいひい」
口いっぱいにおにぎりが入っているので、何だか発音が変である。
「そ、そうですか。それはよかったです」
慌ててあいまいな笑みを返しつつ、大橋は、さすがに薄気味悪いような気がしてきていた。
――この格好と言い、あの水の飲み方と言い、コンビニおにぎりすら知らないことといい……普通じゃない。
そもそも、こんな美人が自分のような男の所についてくること自体が異常なのだ。何か裏があるに違いない。
今までの人生でおいしい思いなど何ひとつしたことのない大橋にとっては、ひとつ屋根の下にこんな美人と一緒にいること自体がそら恐ろしいことだった。しかも、その女性がどうみても普通ではないとくれば、懐疑心の固まりになるのも無理はない。とにかくおにぎりを食べさせたら、すぐに出ていってもらわなければと、大橋は決意を新たにしつつ、空になったペットボトルをごみ袋に集め始めた。
その時だった。
「おまえに会えて、本当によかった」
しみじみとつぶやかれたその言葉に、大橋はペットボトルを右手に持ったままで固まった。恐る恐る首を巡らせ彼女に目を向けると、心なしかうるんだ瞳で大橋をじっと見つめている。
心臓が踊り出し、頬が上気してくるのを感じながら、大橋はゴクリと唾を飲み込んだ。
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