1.ケヤキと祠

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 夜風にザワザワと揺れる枝枝が、影絵のように夜空に映えている。枝枝の隙間から、ほの明るい夜空に星がいくつか瞬いているのが見える。その輝きは決して強くはなかったが、主張しすぎない控えめな輝きが今の大橋にはちょうどいいように感じられた。  ケヤキの根元に目を移すと、小さな祠があるのに気がついた。控えめな鳥居の奥に、握りこぶし大の狛犬に守られてひっそりと夜陰に紛れている祠。そのつつましいたたずまいが今の自分と重なって感じられて、大橋はゆっくりと道を渡ると、祠の前に歩み寄った。  近くで見る祠は夜陰に紛れているせいもあるが薄暗く陰気で、女性や小さな子どもなどは怖くてとても近づけない雰囲気だ。だが、大橋はなぜかその祠に強く惹かれるものを感じた。かがみ込んで、小さな鳥居の奥をのぞき込む。狛犬の間に、朽ち果てた社と小さな賽銭箱が見えた。苔むして薄汚れたその様子に今の自分を重ねたのだろうか、大橋は胸が締め付けられるような気がして、目頭が熱くなるような感覚に襲われた。 「そうだ!」  大橋は何を思ったのかカバンから財布を取り出すと、小銭ではなく札入れを探った。お札を一枚抜き取って半分に折りたたみ、狛犬の間に手を突っ込むと、小さな賽銭箱にそれを無理やり押し込む。  それから祠の前で居住まいを正すと、二度お辞儀をし、二回拍手をする。そして再度深々と一礼した後、目を閉じ手を合わせてこんなことをつぶやいた。 「もうちょっと、マシな人生が送れますように」  大橋は目を開くと、笑った。少しだけいいことをした気がして、何だかやけに嬉しかった。 ――お互い、頑張ろうな。  胸の内でそんなことをつぶやきつつ、教材研究資料が入った重いカバンを持ち上げると、大橋は(きびす)を返した。嘔吐物が付着したズボンから立ち上る酸っぱい臭いをまといつつ、彼はおぼつかない足取りで路地の向こうへ消えていった。
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