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小さな変化
一度気づいてしまえばもうダメだった。
わたしは彼の中にかつての恋人を求めひたすら彼の絵を描き続けた。
わたしの中にこれほどの熱がまだあったのかと、歓喜した。
何枚も何枚も描き続けて、ふと気づく事があった。
あの激しい情動がない。
ただわたしはわたしとして彼の事を描き続けている。
あぁ、そうか。これは彼であって彼ではない。
ふたりはよく似ているようで違ったのだ。
何が――? わたしが。ふたりに対するわたしの想いが。
わたしはこの目の前にいる彼の事を夢中で描き続けていた。
そこには何の我慢も制約もない。彼から返される想いも期待していない。ただひたすら彼を求めそれを描く、そして描く事で沸き続ける想いは昇華する。
その事に気づきわたしの心は凪いでいた。
あの激情も快楽もすべてを包みこむような海のような大きな愛。どんなに大きくても溢れる事なんてない。
こんなにも彼の事を愛してしまっていただなんて――――。
じっと彼の事を見つめる。
彼はわたしが描き散らかした彼の描かれた絵を拾いあげ真剣な顔で穴が開くほど見つめていたが、私の視線に気づくとすぐにふいっと横を向いて寝てしまった。
心なしか彼の頬が赤い気がした。
それから彼が「にゃあ」と鳴く事はなかった。
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