それぞれ

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 人間の道から外れた存在。  カルマの輪から外れた存在。  すべての生命に平等に与えられた死という理を拒否した存在。  美しくも危険な存在。  自分たちとは道が違う存在。  そのすべてが謎に包まれ、人間たちは怯える。  自分たち、人間には出来ない事を平気でやってのける。それが怖くてたまらない。  何年も何十年も何百年も生き、その姿形を一切変えることなく生き続ける。  世界の理から外れた者たち。  ――人は彼女らを『魔女』と呼んだ。  魔女という存在は知っていた。それこそ親からよく聞かされていたものだ。しかし、親が言う魔女と他の大人が言う魔女とでは少し食い違いがあった。  他の大人たちは、魔女には近づくな。かかわりを持つな。あいつらは化け物だと聞いていた。それを聞いて幼いながらに恐怖したのを覚えている。  反対に親が教えてくれた魔女は逆だった。以外といい奴で案外、人間と何も変わらないのかもしれない。彼女らは言葉がわからない動物じゃない。話せば理解し合える。  どちらを信じればいいのかわからなかったが、親の言うことの方が本当なのだろうと思った。  なのに。  なのに――。  両親は魔女に殺された。  魔女を理解していたはずなのに、殺されてしまった。  完全なる裏切り行為に等しい。  だから、尚のこと許せなかった。  両親は魔女に理解があったはずだ。魔女の敵ではなく味方だったはずだ。  なのに――魔女に殺された。  裏切られた瞬間、どんな気持ちだったのだろうか。魔女は裏切る事に何も感じなかったのだろうか。両親の無念の気持ちがアルビノに押し寄せてくる。  出会わなければよかったのに――。  しかし、出会いというものは自分では選べない。自分が拒否をしても、相手から否応なしに接触してくる場合がある。今回の出来事はまさにそれだと言って良いだろう。だから腹立たしい。どうにも出来なかった事に納得など出来るはずがなかった。なぜ、自分の両親を殺した者と生活をしなければならないのか。しかし、それを受け入れた。理由は簡単だ。  逃がさない為。  必ず殺してみせる。そう心に誓ったのだ。それしか頭にはない。なのになぜ、自分はこんな事をしているのだろうと少年アルビノは思った。 「ほらまた! それはその棚じゃなくてこっちの棚でしょう!」  自分の親を殺した魔女ペストに文句を言われながら、気が付けばそれに従っている自分がいた。  あの最悪の出会いから三日目。  ペストの家でアルビノはなぜか手伝いをさせられていた。 「……なんで俺がこんな事をしなくちゃいけないんだ」  小声で愚痴を漏らす。こんな事をする為に自分はここにやって来たわけではない。 「家においてやってるんだからそれぐらいやって当然でしょう」  自分で聞こえるか聞こえないかぐらいの声で言ったのにペストの耳にはしっかりと届いていた。まさに地獄耳だ。 「……絶対に殺してやる」 「はいはい、期待しているから早くその本を直してちょうだい」  ペストは口だけ動かして優雅にソファーでくつろいでいる。自分の長い指よりもっと長いキセルをふかしながら深く息を吐く。長い綺麗な黒髪がさらりと肩から落ちた。  はっきり言って絶世の美女だと思う。妖艶だし魔女という言葉が相応しすぎるぐらいに美しい。魔女と言えば老人か美人のどちらかというイメージあったが、ペストは断然美人に属する。 「アルビノ、そろそろお腹空かない? 何か作ってあげましょうか?」  うるさい黙れと言おうとした瞬間に、アルビノの腹は盛大な音を立てた。 「うふふ。可愛い音ね。すぐに作るからちょっとソファーに座って待っていなさい。今夜は寒いからシチューにしましょうか。いい?」 「……いい」  ペストはキセルを机に置いて立ち上がる。すれ違いざまに頭をまたポンと叩かれた。そして言われた通りにソファーに腰を下ろす。するとペストのぬくもりが伝わってくるのがわかった。  暖かい。  素直にそう思う自分と騙されるな、あいつは親を殺した仇だと思う自分がいた。そうだ、忘れるな。あいつを殺すのは自分だ。今は小さくて力もない。身体が大きくなるまでの我慢だとアルビノは自分に言い聞かせたのだった。
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