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視界いっぱいに、澄んだ青空が広がっていた。濁りのない透き通った青を、白い雲が遠慮がちに飾っている。
もっと堂々とこの広いキャンバスを彩ったらいいのに。空の青も、雲の白も、どちらもキラキラしていて美しい。
深く深呼吸をして、嗅ぎ慣れた草木や風の匂いに頬を緩ませる。ここがどこなのか、自分が誰なのか、何もわからなかった。けれど何も不安ではなかった。この場所でただ静かに息をしていれば何も問題はないと知っていたし、今までもずっとそうしてきた気がする。
ここはとても静かな場所だった。様々な植物が豊かに生い茂り、時折り顔を覗かせる動物たちは元気に跳ね回りながらこちらに挨拶をしてくれる。何が起こることもなく、ゆったりと時間が流れるこの場所に変化があるとすれば、定期的に訪れる者があることくらい。
その日も、その者たちは二人でやってきた。白い衣を纏った者と、黒い衣を纏った者。いつもと変わらない様子で近寄ってくる二人に、仰向けに寝転んでいた体を起こして微笑んだ。
ところが、二人は酷く驚いた顔をしていた。信じられないものを見たように大きく目を見開いて、緩く首を振った拍子に、頭の龍角から垂れ下った鈴飾りがチリンと可愛らしい音を立てる。
手が届くほどの距離まで近付いた二人はいつもよりずっと大きく見えて、見上げなければその表情を伺うことができなかった。今まではこちらが二人を見下ろしていたはずなのに。
黒い衣を纏ったほうの男が、被ったフードの下で顔を曇らせつつ口を開く。
「どうなっているんだ…、君は一体…?」
聞かれても、自分のことを何一つ説明することができなかった。
困って首を傾げると、ぐらりと視界が歪む。茂った草の上に倒れた体を慌てて抱き起こしてくれたのは、白い衣を纏った男だった。
「おいおい、大丈夫かよ」
黒と白。相反する色を纏った彼らの瞳は、鮮血を連想させる鮮やかな紅。
心配そうに覗き込んでくる二人の瞳はしっかりと自分を捉えていて、そのことに満足して笑みがこぼれた。
(これで、やっと…)
二人に手を伸ばそうとして、しかし体に思うように力が入らず、腕が上がらないまま急速に意識が遠のいていく。泥に沈んでいくように思考が曖昧になり、音が聞こえなくなって、仕方がないと予めわかっていた体は、抗うことなく意識と残りの記憶を手放した。
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