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劣勢な状況に我慢できなくなったのか、反撃するような言い分を私たちに浴びせてきた。
「大丈夫だって! 欠員募集ってことは喉から手が出るほど人を欲しているんだよ! 俺でも入れるって!」
確かに、戸部君の言うことは的を得ていた。
この時期に欠員募集をしているということは、相当人材に困っていると思われる。
しかも急募ということは、尚更人手不足なはずだ。
「いくら人が欲しいとはいえ、十九歳の若者を素直に採用するとは思えないなぁ」
入来ちゃんがいつになく意地悪な発言をすると、このやり取りも今日で最後なことを思い出す。
入来ちゃんは、最初の頃に比べて随分と毒舌になった。
戸部君にそういう意地悪なことを言うのは、本来私の役目だったのに。
一年間で、大きな信頼感が生まれた証だと思う。
「見とけよー! 絶対合格してやるからな!」
「じゃあ、合格したら連絡してね」
「当たり前だろ!」
笑いながら、戸部君と入来ちゃんが約束を交わす。
今日、この教室で会うのが最後だとしても、私たちのつながりが無くなるわけではない。
そう思ったら、なんだか寂しくはなくなってきた。
この一年間で、私は大きな財産を手にしたのだ。
「戸部君」
入来ちゃんの方へ体を向けている戸部君が、その声で慌てて前を向くと、怒りを隠しきれていない先生が目の前に立っていた。
「さっきから呼んでるんだけど。この卒業証書要らないってことですかね?」
「す、すいませんでした! 受け取らせてください!」
戸部君の潔い声で、クラス中が笑いの渦に包み込まれた。
日本セラピスト養成学校、最後の思い出は……戸部君が先生に怒られたシーン。
戸部君もまた、セラピストとして、誰かに温もりを伝えてくれるだろうーー。
〈了〉
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