PROLOGUE

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掛かった鍵を物ともせず、アムダが建物に駆け込むと、中は騒然としていた。 「開けろ」 アムダが静かに言葉を吐くと、何人かの人物がようやくアムダの存在に気づいた。 「どこの子だ。今は大事な───」 「聞こえなかったのか。開けろと言っている」 アムダの異様な圧に、男が口を噤む。 異質な存在に気づいた者達は、一人また一人とアムダに道を譲った。 大海を割るようにして出来上がった一本道。 その先にあったのは、弱々しく横たわる一人の少女であった。 「アン!」 駆け寄るアムダが、少女の身体を抱き上げる。 「・・・・・・アムダ」 少女はうっすらと目を開き、アムダの声に答えた。 アンは自ら毒を含んでいた。 ここに呼ばれた時点で、アンは自分の命がここまでであることを悟っていた。 どうせ死ぬなら、自分の意思で。 それは一人の少女が下すには、あまりに重すぎる決断であった。 「・・・どうしてここにいるの?」 自分が生きているのか死んでいるのか。 アンは判断がついていないように見えた。 アンがアムダに会いに行かなくなったのは、自分が「禁忌の血筋」であることを知ったからだった。 育ての親である二人がコソコソと話している内容を聞いたのだ。 アンの育ての親は、アンの出生の秘密が噂として出回っていることを嗅ぎ付けていた。 このままでは自分達に危険が及ぶやも知れぬ。二人はアンを切り捨てる道を選んだ。 アンは少なからずショックを受けたが、この時知ったもう一つの事実が、感情を大きく上書きした。 それというのは、妹のアズもまた「禁忌の血筋」であること。 アンとアズは、実の姉妹であったのだ。 アンが聞いた限りでは、育ての親は現時点でアズを手放す気はないようだった。 アンの死は『ハレ』と『ヨル』にいずれバレるだろうが、彼らはその事実を公にすることができない。 他にアズを預ける先もなく、またアズの出生を知られている以上下手な動きはできないはず。アズを引き取るにしても口止め料として金を巻き上げることができる。 育ての親からすれば、アンを失おうが多額の収入が見込めるわけだ。 また噂が出回るようなら、その時に今回と同じ決断をすればいい。 育ての親の下衆な話を聞き、アンは妹を守る術を考えた。 しかし、妙案は浮かばなかった。 アムダに知らせるわけにはいかない。彼の存在は地上の者からすれば完全なイレギュラー。「禁忌の血筋」と繋がりがあると判れば、歪んだ正義の剣先は彼の喉元にも容赦なく突き付けられることだろう。 アンは知る由もないが、彼もまた「禁忌の血筋」であるのだが。 アムダが居る穴底はある意味安全かもしれないが、アムダはそれを望まないだろう。 また、アムダが認めたところで、あの過酷な環境下でアズが生きていけるとも限らない。 どちらにせよ、二家の中に妹の幸せの道はない。 アンは苦肉の策として、亡命の道を示した。 どこかの国に彼女を受け入れてくれる存在を信じての行動であった。 亡命のタイミングは、アンが指示した。 お姉ちゃんが嘘をついた時。それがアズに亡命を決行させる合図であった。 きっと今頃、アズは人が居なくなった街を駆け抜け、いずれかの国に亡命している頃だろう。 「ようやく触れられたね」 アンは弱々しく手を伸ばし、アムダの輪郭をなぞった。 アンの心残りは二つあった。 それは、たった二人の大切な存在。アムダとアズの幸せを見届けることができないことだ。 「・・・アン?」 頬を撫でたアンの手が、力なくだらりと垂れる。 思わず握った少女の手は、驚くほどに冷たかった。 「アン!」 アムダの声に、アンは一切の反応を見せない。 自分の死が、二人の明るい未来に繋がっていることを信じて。 アンは旅立った。
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