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 ずっと、ずっと君のことを想って、君の元へと向かってる。  待っていて。 ※  こんな場所に、あるわけもないと思っていた。そんな御伽噺のようにうまくいくはずもない。通りを抜けると夏名残の風鈴が鳴るうなぎ寝床が伸びていて、更にそこを抜けると正面の三差路に小さな店がある。埃を纏っていないのが嘘のような古道具ばかりが詰められた店内はどれだけの広さがあるのかもわからない。そこが、その店が、どんな店とも違うということ。  もう、遠く離れた昔の同僚から手紙が届いたのは今年の春だった。元気にしているか、健康でいるか、そんな、お決まりのような文章の間に挟まれた〝本文〟にはこう書かれていた。 『――お前のような悩みを聞いてくれる人がいる。飲み屋で隣の席の女性が泣きながら話していた。相談に行って、解決はしてくれたがどうしてもその場所を思い出せない。店主の顔すら、名前もわからなくなってしまった。けれど自分の悩みは解決してくれたのだと』  それだけならば、単なる酔っ払いの空言のようなものだった。けれど、そこからは。 『その女性は長いこと怪異に悩まされていたのだそうだ。幼い頃から実家に飾られていた掛け軸の絵が、まるで現実のように動いて、ずっと、ずっと自分の夢に棲み付いているのだと。そんな話、寺の住職だって耳を貸すかわからない。けれど、その店の店主はあしらうことも嗤うこともなく、女性の怪異を解決したのだそうだ。彼女はそれ以来その夢を見ていない。今はもう、掛け軸の絵は動かないと。こんな話を聞いては、お前に文を送らないわけはないだろう』  これだけの本文の為に用意された言葉は前後合わせても半分にも満たなかった。けれど、それでも、十分だった。  手紙の最後に〝それらしき場所の説明〟が書かれているのみで正直たどり着けるはずもなかった。離れてから随分経つ、こちらから連絡を取ることもなく彼等の人の好さと気まぐれに頼るばかりの流れ者になり、今更同僚に頼るわけにもいかない。しかし同僚を真似て飲み屋情報を仕入れ続けること半年、遂にその場所へ辿り着く会話を耳にした。その場所は〝いつでも風鈴の音が鳴り、その音は必要な者にしか聞こえない。聞こえた者は間違いなく問題から救われる〟と。  まるで御伽噺だ。ないものを探し歩くような。いつか寄った土地で小学校の移転を手伝った際に、そんな児童書があったような気がした。だが、自分の生き様はまして、それ以上に御伽噺に近かった。多くに笑われ、病気かと心配すらされ、そんな私より、噺に成っている以上よっぽど正気であった。  おかしなもので、飲み屋でその会話を聞いて、その通りに探して一日も経っていない。昨夜に聞いて一晩寝て、探し歩いて今は昼を過ぎ、秋の夕暮れに差し掛かった頃だった。  りんと鳴る風鈴はやけに澄んだ音で耳に響いた。まるで顔のそばで鳴らされたような音に振り向いて、そこには既に店があった。話に聞いた、三差路の真ん中に、小さな小さな古道具屋が。  店の入口右手には小さな、表札程の看板が吊り下げられ、その木に合わせた小さくも品のある字で「月白堂(げっぱくどう)」と書かれていた。  店内に置かれた古道具がはみ出した入口は細く狭い。体を少々ひねって入店を試みると目先に緑と青の風鈴が五つ、吊り下げられていた。これが自分を呼んだのか、一体どれが鳴ったのかと見つめ合う最中、店の奥から物音が聞こえて弾かれたように顔を向けると同時に、風鈴も鳴った。りん、と高い音を鳴らしたのは何故か、手前から二つ目の風鈴だけだった。 「どうぞ」  店の奥から招いた声は、低く抑揚のない、やけに平坦なものだった。
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