20人が本棚に入れています
本棚に追加
レオと厄神
大陸の東に位置する山間に「トワ」という村がある。
この村では100年に一度「厄神」の「声」を聞くことができる「レオ」が生まれる。5代目の「レオ」として俺は生まれた。
俺が「レオ」だと気付いた時、まだ3つだった。厄神を撃つため、その日に親と離され、レオの訓練に連れて行かれた。拒否することは許されず、村の北側にある山脈で修行をする。何度も死にかけ、その度に厄神を呪った。
別れ際に泣きながら母に渡された髪飾りを握りしめ、死に物狂いで11年の修行に耐えた。
12歳になった頃。厄神を撃つべく神殺しとして伝わる、白い刃の短剣「カムイ」を正式に与えられ村を出される。
魔の物を刺すだけで「浄化」する宝剣カムイ。母からは大陸中で一番硬い鉱物でできた大きいナイフ「ノイル」も渡された。
「声」を頼りに時には死にかけ、時には迷い、7つの山を越えた。少しづつ「声」が大きくなっている。
16歳になり、葉が赤く染まる季節の明け方。8つ目の山で厄神の姿を捉えた。雪のように白い髪、深い海のような青い目。聞こえていた「声」は儚い女性の声だったが、まさか少女だったとは…いや、見た目に惑わされるな。厄神はあらゆる災いを司り、動物も魔物も人間も等しく災いへと誘(いざな)う神だ。4代目の「レオ」は打ち損じて大陸中に疫病が蔓延した。人間の2/3が死に、10の山が動物・魔獣ごと死滅したと伝えられる。
気配を消して様子を見る。しばらく佇んでいたが、右手を上げて…自らの首へ…ひとつき。
「!!」
まさか…まさか自分で命を…俺の役目は?「レオ」とは?混乱する俺の耳に「声」が響く。
『こ…声の…封印できた…っ痛い…これで聞きやすくなったかな。』
確かに…声がはっきり聞こるようになった。
煙と共に血痕は消え、大きな痣を残して治っていた。やはり…人ではない。
フラリと立ち上がり、歩き出す。どこへ行く気だ?後ろから殺(や)るか…考えているうちに空気がどんよりと重い森の中へ。やがて悪臭漂う湖にたどり着いた。水面は青黒く、周辺の木は枯れ、動物の気配もない。こんな所で何をする気だ?淀んだ湖へ、足を踏み入れ肩のあたりまで浸かると、厄神の姿が輝き出した。
「!?」
旅で汚れた俺の体や傷が、光を浴びて清められていく…これは…!?
光が収まり、視線を厄神の方へ。驚愕の光景が広がっていた。枯れた木に青々とした葉が、黒ずんでいた土が土色に、青黒かった湖面は底が見えるほど清らかに。日の光と相まって、聖域のように輝いた。俺が撃つべくは厄神。山や動物・人の命を奪う厄神だ。目の前の少女はなんだ…まさか違う神か?清められた湖から、こちらへ向かって歩いてくる。俺は隠れたまま、ただボーと見ていた。
「クシュン!」
くしゃみをした少女が、パタリと倒れたる。このままでは風邪を…いや厄神だぞ…厄神が湖を清めるのか?はっと気が付くと、少女の体を拭き、毛皮で作った毛布でぐるぐる巻きにしていた挙句に、狩った猪で暖かい食べ物を用意していた。
『あの…』
少女とは違う大人の女の「声」がする。やはりこいつが…?
ぐるぐる巻きのまま、怯えた目で俺をいている。俺の頭は思考を拒むように、普通の人間として振る舞う。
「湖のそばで倒れていたから、快方(かいほう)した。」
惚(ほう)けた顔をして『助けた?…私を…?』
「服は乾いて、そこに置いてある。」
少しの間俺を見つめて、もそもそと服を着る。一緒に置いていた小さめの上着も、俺の方をチラチラ見ながら身につけた。
「どうした?」
下を向いて怯えている。服の裾を握る手が震えていた。
『わ…私は…人が言う…』
自ら言うのか…「レオ」の俺に。
『厄神…です』
…何かの罠か。いや…あんなに震えて。俺の内にいる、トワの村で叩き込まれた厄神の像が崩れる。
『私を殺します…か?』
俺が「レオ」だと知っている?潰した喉の痣、視界の端に清められた湖。
「体が冷えているようだ。これで温めろ。」
言葉を絞り出したの俺の顔を、持ち上げた驚きの顔で見てから、俺と鍋を挟んだ場所にペタリと座る。
差し出した碗(わん)を震える両手で受け取り、啜った。
俺はいったい…なにを…している?
潰した喉では固形物が食べられず、すまなそうに碗を差し出す。
『ありがとう…』
考えれば考えるほど、分からなくなった。
「親はどこにいる?」
『親?…』
厄神に対して何を言っているんだ俺は…いや、今はいい質問なのか…少し考えて北の方を小さな指で指し示した。
「北にいるんだな。送っていこう。」
青い目を見開いて俺を見た。その時、俺は何かを思い出しそうになったが、移動を開始した彼女を見て、忘れてしまった。
草を踏む音がする。足音のしない後姿を見ながら森を進む。大陸中で、水が淀む事例が発生していた。時々森で出会う狩人や、小さな村でそんな事を聞いたなと思い出す。右肩に入れた「レオ」の刺青を見て、厄神の先触れだと言う者もいた。
昼頃にはまた、淀んだ池に着いていた。
池に浸かり、清めを始めた。規模が小さい池だったから、池を含めた広範囲の木や土が清められた。バシャバシャと歩んで、またパタリと倒れる。俺は…温かいスープの支度を…。その夜は火を挟んで眠りについた。
最初のコメントを投稿しよう!