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精霊ニコ
翌朝、茶を飲んでいると、次の水辺があるだろう方向へ指を指す。また異動かと思った時だった。
「ニー!ニー!」
…これは…精霊の気配。見回しても声の主が見えない。
『…ニコ。』
しゃがむと細い腕を地面へ。登ってきたのは白い花の形をした植物…のようなものだった。根を動かして腕を登っていき、2つある葉で彼女の顔を挟み、頭のような花で頬擦りしている。精霊が厄神と親しい?
『ニコ、元気にしていた?』
『ニー!』
彼女がニコと呼ばれる精霊と、親しげに何事か話している時だった。
カムイがカタカタ鳴り、急にうなじに怖気(おぞけ)が走ると、辺りが暗くなる。…この禍々しい気配はなんだ?
『来たわ、ニコ。以前より…大きくなってる。』
険しい顔を暗い空へ向けた。
『あなたは…離れて…いて。』
俺に向けられた右手から水の塊が出て、そのまま俺の体ごと遠くへ吹っ飛ぶ。飛ばされながら空を見ると…墨を溢(こぼ)したような「黒いもの」が見える。意識を向けて集中する。
(なぜ私がこんな目に合う?)
(なぜ振り向いてくれない?!手に入らないなら殺す!)
(一生恨んでやる!どいつもこいつも死ねばいい!)
(憎い!全てが憎い!)
このどす黒く沼のようなものは…人の思念?彼女の後ろ姿と、大きく変化したニコが「黒いもの」を見上げている。ぶくぶくと膨れ上がった「黒いもの」は彼女とニコに向かって流れ込んでいった。
…だいぶ遠くに飛ばされてしまった。
ふわりと着地した俺は、彼女がいる方角から、見慣れた浄化の光が見えた。どうなっている?
『うぅ…すごい量…ニコ!まだいける?」
あの「黒いもの」を清めているのか?「黒いもの」はなおも光の方へ流れていく。
光の方へ、彼女の方へと走った。
俺が着く頃には「黒いもの」は、跡形もなく消えていた。広く円を描くように木が枯れ、その中心に彼女が倒れている。彼女の顔あたりで、ニコが心配そうに寄り添っていた。
「厄神だ!!」
枯れた木々の間から、山菜採りに来たらしい親子が目に入る。男の子が意を決して石を持ち、上半身を起こしていた彼女に投げた。ニコの葉に当たって直撃は避けられたが、額を掠って血が滲む。
「ばか!逃げるぞ!」父親が逃げるそぶりで言ったが、納得してない男の子はまた石を拾う。
俺は彼女と親子の間に入り、外套(がいとう)をめくって刺青を見せる。はっとした父親が男の子を担(かつ)いで一礼し、走り去った。
「大丈夫か?」
サラサラの白い髪を持ち上げて、少し切れてしまった額に、痛み止めの薬を塗る。
『すぐ…に…治るから』
治るにしたって、痛みはあるだろう。それに…気づいていたのに、止めなかったのは俺だ。石を跳ね除けて、男の子に当てると思っていた。まさか…目を瞑るだけで、無抵抗だなんて思わなかったんだ。
「あの黒いものはなんだ?人の思念のようだったが…」
『あれは人間の負の感情だよ』
「?!」
少年のような声がして見回すも。2つの葉を器用に腰に手を当てるようにして、ふんぞりかえる白い花に目がいった。
「お前が喋ったのか?」
『ニコだよ。「お前」じゃない。人間なんかと喋るのなんて、本当は嫌だけど…クア様に薬を塗った分ぐらいは喋ってやる。』
彼女は「クア」というのか。
『クア様の浄化の力に惹かれて、いつも!図々しく!流れてくるんだよ!忌々しい!!』
浄化の力…清めの事か。…俺が記憶している厄神の言い伝えは、いったい誰の話なのか…。
「さっきの村人が、人を連れて来るかもしれない。行くぞ。」
彼女の膝の下に腕を入れて横抱きにし、地面を蹴った。
『おっ置いていくな~』
びゅっと伸ばした根を、俺の足に絡めてニコが叫ぶ。
腕の中の彼女は申し訳なさそうに、赤い顔を手で覆っていた。
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