一体誰が彼女を厄神と言った?

1/1
前へ
/22ページ
次へ

一体誰が彼女を厄神と言った?

彼女が寝静まった頃、俺は彼女の気配を探った。村での修行の中で、あらゆる気配を察知するというものがある。 植物には植物の生命の気配がする。彼女を追う時に時々魔の物とも遭遇していて、中には人間に化ける魔の物もいた。彼女もその類かもしれないと思っていたが…彼女の生命は人間のものだった。何か特別な力を感じたが、禍々しいものではなく、神聖な力。俺が目にした「浄化」の力だと確信する。 大小の湖や池、「黒いもの」を清めた彼女は徐々に弱ってく。明らかに清めるごとに、生命力が落ちていった。 厄神と名乗ったくせに、自分の生命力を使ってまで、なぜ清める?なぜ人からの攻撃を、何もせずに甘んじて受ける? 清め出して1年を過ぎたころには、歩けなくなるほど衰弱していた。 弱々しく指したのは洞窟の入り口。 こんな体で大丈夫なのか?生命力もほとんど残っていない状態で。 あれだけうるさかったニコが、洞窟に近づくにつれ、口数が少なくなっていた。俺は言われるがまま、彼女を抱いて洞窟を進んでいき、途中広い空間に出る。上を見上げれば、ぽっかり空いた大きな穴から夜空が見えた。 真夜中にふと目が覚めると、淡く光る彼女の後ろ姿が視界に入る。 『少し力をもらうね。』 岩に手をかざすと、周りの岩や草、土から少しずつ生命力が流れ込む。小さく息を吐いた彼女が、俺の方へ向き直って。 『レオ。』 飛び起きる。知っていたのか、いつから… 『出会う少し前から。カムイの気配は分かるの。』 そんな前から…心が読める? 『今だけ。』 呆然とするオレを見つめて続ける。 『水脈の中心を清めたら、もっと弱くなる。』 そうだろうな、もう生命力が危ういほどだ。 『清めが終わったら…ここに。』 右手を上げ、潰した喉の跡を指し、 『ここにカムイを、刺して欲しい。』 「な…にを…」 言っているんだ。そんな事をしたら… 『カムイは3代目のレオが作ったの。…私の骨で。』 頭の中が白くなる。君の骨?カムイが?それで気配がわかるのか? 『天界で人間に転生するという、女神の呪(しゅ)を受けて。人間に転生するのはこれで6回目。全て覚えていて…。力が弱まった状態で、カムイを刺せば完全に消滅できることが分かったの。』 消…め…つ…。それが狙いか…。「レオ」に追われ、ほかの人間にも命を狙われ続け… 100年ごとに人間に転生する厄神。それを追うように生まれる「レオ」。転生してから、数年しか生きていないじゃないか… 『なんとか、ここに戻るから…お願い。』 泣き顔でそれだけ言うと、水脈の中心とやらへ走っていく。 「ニコ…止めないのか。」 じっと見送っている白い花に、声をかけた。 『止めたいよ!当たり前だろ?!天界でだってひどい状態だった。じっと耐えるクア様の力になりたくて、大神(おおきみ)にクア様のそばにいたいってお願いした。それでも、クア様の唯一の「望み」は変わらなかった…。』 しゅんと萎れる白い花。天界という所でも「厄神」と呼ばれて蔑まれていたのか。 …いつも…腰のケースにカムイを入れて、身に付けていた。 近くにいて、いくらでも狙えた。 俺はいつから、彼女を打ちたくなくなった? 俺は「レオ」だぞ?…何をしたいんだ? 俺は彼女を…骨?彼女の…?そっとカムイに触れたその時。 無数の光の柱が、地面から照射される。 『クア様!』 清められた水柱と一緒にぐったりした彼女が、空間の中央へ押し上げられる。大きくなったニコが受け止めて、俺の方へ。 『レオ…カムイ…を。』 彼女を土の上に横たえて。 『クア様…いっしょに…』 『だめ…』 『ッ!クア様以外には仕えたくない!クア様がいなくなるんなら…消える方を選ぶ!!』 『ニ……コ…』 今なら…今なら厄神を、完全に消滅させることができる。 隠れて同じ年頃の村の子供らを、羨望の眼差しで見ていた記憶が過(よ)ぎる。 3つで親から離され、何度も死にかけながら「レオ」としての鍛錬に耐えた。聞こえてくる呪いのような「声」に、数えきれないほど呪いの言葉を吐き続けた。俺の生は「厄神を撃つため」に全て費やされた。そんな「レオ」もいなくなる。…いなくなるんだ…それでも… 頭に浮かんでくるのは、淀んだ池や森をニコを制して、1人で清める彼女。自分に向けられる嫌悪を甘んじて受ける姿。そういえば、他者を攻撃している彼女を1度も見たことがない。 そして…苦しそうな顔。目を閉じて耐えている顔。いつも諦めたような顔。自分の存在を否定するような、そんな顔。 笑った顔を…見ていない。そうか…俺は笑って欲しいんだ。彼女に。 …苦しい想いのまま、なぜ彼女が消滅しなきゃならない?「黒いもの」で自分は穢(けが)れているからと言っていた。 それは、自分のせいではないだろう?いったい誰が彼女を「厄神」と言った?
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加