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一体誰が彼女を厄神と言った?
彼女が寝静まった頃、俺は彼女の気配を探った。村での修行の中で、あらゆる気配を察知するというものがある。
植物には植物の生命の気配がする。彼女を追う時に時々魔の物とも遭遇していて、中には人間に化ける魔の物もいた。彼女もその類かもしれないと思っていたが…彼女の生命は人間のものだった。何か特別な力を感じたが、禍々しいものではなく、神聖な力。俺が目にした「浄化」の力だと確信する。
大小の湖や池、「黒いもの」を清めた彼女は徐々に弱ってく。明らかに清めるごとに、生命力が落ちていった。
厄神と名乗ったくせに、自分の生命力を使ってまで、なぜ清める?なぜ人からの攻撃を、何もせずに甘んじて受ける?
清め出して1年を過ぎたころには、歩けなくなるほど衰弱していた。
弱々しく指したのは洞窟の入り口。
こんな体で大丈夫なのか?生命力もほとんど残っていない状態で。
あれだけうるさかったニコが、洞窟に近づくにつれ、口数が少なくなっていた。俺は言われるがまま、彼女を抱いて洞窟を進んでいき、途中広い空間に出る。上を見上げれば、ぽっかり空いた大きな穴から夜空が見えた。
真夜中にふと目が覚めると、淡く光る彼女の後ろ姿が視界に入る。
『少し力をもらうね。』
岩に手をかざすと、周りの岩や草、土から少しずつ生命力が流れ込む。小さく息を吐いた彼女が、俺の方へ向き直って。
『レオ。』
飛び起きる。知っていたのか、いつから…
『出会う少し前から。カムイの気配は分かるの。』
そんな前から…心が読める?
『今だけ。』
呆然とするオレを見つめて続ける。
『水脈の中心を清めたら、もっと弱くなる。』
そうだろうな、もう生命力が危ういほどだ。
『清めが終わったら…ここに。』
右手を上げ、潰した喉の跡を指し、
『ここにカムイを、刺して欲しい。』
「な…にを…」
言っているんだ。そんな事をしたら…
『カムイは3代目のレオが作ったの。…私の骨で。』
頭の中が白くなる。君の骨?カムイが?それで気配がわかるのか?
『天界で人間に転生するという、女神の呪(しゅ)を受けて。人間に転生するのはこれで6回目。全て覚えていて…。力が弱まった状態で、カムイを刺せば完全に消滅できることが分かったの。』
消…め…つ…。それが狙いか…。「レオ」に追われ、ほかの人間にも命を狙われ続け…
100年ごとに人間に転生する厄神。それを追うように生まれる「レオ」。転生してから、数年しか生きていないじゃないか…
『なんとか、ここに戻るから…お願い。』
泣き顔でそれだけ言うと、水脈の中心とやらへ走っていく。
「ニコ…止めないのか。」
じっと見送っている白い花に、声をかけた。
『止めたいよ!当たり前だろ?!天界でだってひどい状態だった。じっと耐えるクア様の力になりたくて、大神(おおきみ)にクア様のそばにいたいってお願いした。それでも、クア様の唯一の「望み」は変わらなかった…。』
しゅんと萎れる白い花。天界という所でも「厄神」と呼ばれて蔑まれていたのか。
…いつも…腰のケースにカムイを入れて、身に付けていた。
近くにいて、いくらでも狙えた。
俺はいつから、彼女を打ちたくなくなった?
俺は「レオ」だぞ?…何をしたいんだ?
俺は彼女を…骨?彼女の…?そっとカムイに触れたその時。
無数の光の柱が、地面から照射される。
『クア様!』
清められた水柱と一緒にぐったりした彼女が、空間の中央へ押し上げられる。大きくなったニコが受け止めて、俺の方へ。
『レオ…カムイ…を。』
彼女を土の上に横たえて。
『クア様…いっしょに…』
『だめ…』
『ッ!クア様以外には仕えたくない!クア様がいなくなるんなら…消える方を選ぶ!!』
『ニ……コ…』
今なら…今なら厄神を、完全に消滅させることができる。
隠れて同じ年頃の村の子供らを、羨望の眼差しで見ていた記憶が過(よ)ぎる。
3つで親から離され、何度も死にかけながら「レオ」としての鍛錬に耐えた。聞こえてくる呪いのような「声」に、数えきれないほど呪いの言葉を吐き続けた。俺の生は「厄神を撃つため」に全て費やされた。そんな「レオ」もいなくなる。…いなくなるんだ…それでも…
頭に浮かんでくるのは、淀んだ池や森をニコを制して、1人で清める彼女。自分に向けられる嫌悪を甘んじて受ける姿。そういえば、他者を攻撃している彼女を1度も見たことがない。
そして…苦しそうな顔。目を閉じて耐えている顔。いつも諦めたような顔。自分の存在を否定するような、そんな顔。
笑った顔を…見ていない。そうか…俺は笑って欲しいんだ。彼女に。
…苦しい想いのまま、なぜ彼女が消滅しなきゃならない?「黒いもの」で自分は穢(けが)れているからと言っていた。
それは、自分のせいではないだろう?いったい誰が彼女を「厄神」と言った?
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