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ウィオラには秘密の匂いがする。
これは若きベネット卿を知る者たちの共通の認識なのである。
はたしてこの匂いにウィオラ本人は勘付いているのだろうか? 知っているのだろうか? それは娼館めぐりにも関係するのだろうか?
――巴里の人びとの疑問は尽きない。
ベルナールの視線に気づいた様子でウィオラが従者を見遣る。ウィオラは時おり、無遠慮に熱い視線をぶつけられるのを感じていた。
「なんだか憑き物が落ちたような顔をしていらっしゃいますので……」
「憑き物?」
碧眼が丸みを帯びてウィオラが意外そうな表情になるも彼は聞き返すだけに留めてそれ以上は何も言わずじまいだ。
主人の感情を読み取ることができないので、ベルナールにもう何度めかの気苦労と不安の大波が押し寄せた。ウィオラから「近々、娼館めぐりを終える」と自己申告があったものの容易く胸を撫で下ろすことなどできない。
数代前のベネット卿の時代より、彼らの一族はこの本邸ほか古城や別邸をいくつも持っている。また新たに屋敷を建てることも造作ない。こういったところでウィオラ・ベネットの登場だ、一族の使用人たちはいつあの頽廃と快楽の街に……もしくはその近くに「屋敷を建てる」と言い出すやら、無関係の街の人びとも好奇の目を向けていた。
娼婦の相手をするでもなく、その跡地めぐりとは!
ウィオラ・ベネット卿についての噂は彼自身が馬車を飛ばすのと同等の速度で街中を駆けめぐるかに思われたが、幸いにも杞憂に終わる気配がしている。
稀代の蕩児かつ美丈夫のウィオラの突飛な趣味に――言わずもがな娼館めぐりを指す――賢明な従者は特に気を揉んだものである。
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