謎の湿気に悩まされるMの話

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 浴室の扉を開けるとゴムパッキンの擦れる安っぽい音がした。風呂場の白いタイルの壁には黒カビが目立つ。溝が全部黒く染まっていたらそういう模様だとごまかす事も出来るかもしれないが、所々黒ずんでいるから腹が立つ。何度か掃除して綺麗にしようと試みたものの、深く根を張っていて出て行く気配がまるでないので、根を張ってそのうち花でも咲かせればいい、と彼は大分前にさじを投げた。床はひやりとして冬の到来を感じる。目の前にある低い風呂椅子に腰を下ろすと、残っていた水滴が尻を斑に冷やした。湯が出るまで手のひらでシャワーからでる水の温度を確かめる。湯気が上がって来てもう良い塩梅だと感じ、正面に備え付けられている鏡を見ながら頭からシャワーを浴びようとした刹那、彼の後ろに白い霧がかった人影のようなものが見えた、気がした。しかし頭から無尽蔵に滴り落ちるお湯のせいで瞬く間に視界が遮られる。この時、守康は初めて薄ら寒い恐怖を感じた。背中に悪寒がし、鳥肌が立つ。恐怖を払拭する為に確かめたい気持ち半分、気のせいにして恐怖そのものを無かった事にしたい気持ち半分が彼の中でせめぎ合う。ジャージャーというシャワーの音と、排水溝に飲まれていく水の音のみが鼓膜を揺らす。いつまでもこうしている訳にはいかぬ。時間と水道代の無駄だ。やはり確かめるしか無い。シャワーを止めてえいと後ろを振り向く。何も居ない。ただの水蒸気が浴室を満たしていた。そして彼が入浴している間、結局人影は姿を現さなかった。
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