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「ここまでくれば一旦大丈夫」
夜の暗い山の中に逃げ込みはや数十分、何回も後ろを振り向き確認しながらずっと走ってきた。
私の荒れた息と乱れた鼓動の音の中をかき消すかのようにしてようやく待ち望んでいた彼の言葉が聞こえた。安心と疲れでついへたりこんでしまう。
「村の人たちは追いかけてこないかしら」
疲れ切った私とは対象的に汗の一筋も作らない彼は近くの木に軽々と登り麓の村を偵察しているようだ。
「何も失敗はしていないから明日の朝までは気付かれないさ、それに朝には空から降る白い雪が僕たちの足跡を消してくれる」
心配そうな私を慰めるためにか珍しく安心させようと優しい言葉をかけてくれた彼の姿に失笑してしまう。
「そんなに元気そうならまだいけるな」
少しムッとした顔で木から降りてきた彼が手を差し伸べる。もう行くぞ、という合図なのだろう。
「夜の山の恐ろしさは誰よりも知っているはずなのに、まさか挑む時が来るとわね」
「怖気づいたか?今ならまだ引き返せなくもないぞ」
「そしたらあなたが殺されてしまうじゃない」
こんなふうに言い合えるのももしかすると最後かもしれないと思うととても怖い。でもここまで来たからにはもう戻るわけにはいかない。
……歩き始めた彼の袖をぎゅっと引く。
「先に私が死んじゃったら置いていって、あなただけならまだ確率があるでしょう」
「お前一人だとまた寂しがってべそをかくだろ、大丈夫、ここまで一緒に来たんだ、最後まで一緒だよ」
そう言い残して彼はさっさと歩いていく。少し意外な言葉だったから動揺して固まってしまう。でもその間も彼は止まらず彼の姿が遠のいていく………正気に戻って「ちょっと待ってよ!早速一緒じゃないじゃない!」と急いで追いかける。
きっと私は彼とじゃないとここまで来れなかった。そしてこれからも彼と進みたい。そう決めたから、もう後ろは振り返らない。
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