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■【紫陽花】
七月の中旬。休日前夜。
居酒屋にて――。
「ツユリシヨカです」
おぉぉ…っ
にっこりと、
可憐に微笑む佳人に
周りの男達の心のどよめきが声になって零れてくる。
その半面、周りの女達の白けた溜息と冷徹なまでの眼差しが、私に注がれた。
「南野っ! なんなのよアレ。あんたの連れでしょ!」
私の胃がチリっと痛みを増す。
「だいたい飲み会の席でなんで着物? ふざけんなっつーの」
気になる男子がいた女子達にとって、
突然やってきた佳人に、
人気を総横取りされれば面白くないことこの上ないだろう。
「シヨカちゃんて変わった名前だね~」
「そうなの。アジサイって書いてシヨカって読むの」
「へぇ~、字も綺麗なんだね」
シヨカはいつも持ち歩いてる
矢立(ヤタテ・携帯用筆入れ)で
さらさらと箸袋に自分の名前を書いた。
栗花落 紫陽花。
ツユリ シヨカ。
すでに苗字がどこからどこまでなのだと、突っ込みたくなるほど彼女の名前は変わっていた。
小さい時から名前について散々云われているから、変わっているだの珍しいだのは右から左りへと聞き流している。
「あ、私お酒あまり飲めないから……」
ビール片手にグビグビとしている女子達を尻目に、
カシスオレンジなどと可愛らしい物を頼んで、
シヨカは今日、
女子の反感第一位を獲得してくれたのだった。
「じゃあ~二次会はカラオケで」
「シヨカちゃんはどういうの歌うの?」
などと、
始終チヤホラされている
シヨカは、
「ごめんなさい。なんだか酔っちゃって……これ以上皆さんの迷惑はかけられないから、今日はここでおいとましますわ」
えぇぇ~っ
と、またもや、男子達の心の声が零れて落ちた。
「というわけだからツボミちゃん、一緒に帰ろう」
今度は男子達から冷酷な視線が私に注がれた……。
****
「結局、カクテルじゃー飲み足りないわね」
先程の可憐なまでの美女はどこにいったのだ……、とシヨカの変貌ぶりは見事だった。
「ねぇツボミちゃん、この近くに日本酒の美味しいお店があるんだぁ。行かない?」
いってるそばから駅とは違う方向を歩いている。
帰る気はまったくないのだ。
すでに調べ済みなのであろう。
シヨカの足取りは、澱みなくその店に足を進めていた。
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