■ベンチタイム ただいま発酵中

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 葬式というものは以外にも騒がしい。  もうすっかり顔さえも忘れてしまった親族や間柄さえあいまいな遠い親戚が集まるのだから、仕方がない。  今宵の主役は事故や病で亡くなったわけではなく、天寿を大いに全うした享年ジャスト百歳の祖父だ。  水野時雨(ミズノシグレ)はそっと永い眠りについた祖父の顔を覗き込み、悲しみよりも幼少時にいつも頭を撫でてもらった温もりを思い出した。 「うぅ、うぅ、うう……」  故人を偲んで悲しむのはけっこう。  それだけ故人が残された者たちに愛されていた証拠でもあるからだ。  ――ただ、 「晴海(ハルウミ)あんたシャキッとしなさい!」  母に注意される。  色素の抜けた長い髪をピンで留めて、およそ葬式の場では不謹慎な姿ではあるが、彼が誰よりも祖父を愛していた。 「祖父ちゃん、死なないでくれよ~」  そして恐ろしくバカである。  齢二十三のいい大人が周りを気にすることもなく、感情のままに涙を流す。  それは羨ましいことでもあったが、若干みんな引き気味なのを彼だけが知らない。  時雨とて、涙が出なかったわけではない。  けれど大げさなぐらい泣きじゃくるバカ兄を目の当たりにしては、涙も引っ込むというものだ。 「兄貴、花……」  最後のお別れに送る献花を故人の棺に納める。 「祖父ちゃん、俺、りっぱな職人になるから、地獄の窯の淵から見守っていてくれな」 「晴海なんて罰当たりなことをいうの!」  再び母に怒られる。  本当に天然なのだろう。  その姿が周りの参列者にはあまりにも滑稽に見えたのだろう。  思わず声が漏れた。  くすくすとした、それは嘲笑の意味ではなく、微笑ましい意味合いの笑い声で、――祖父の葬式は穏やかにそして和やかに締めくくられたのだった。
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