【化・日記】

1/2
前へ
/76ページ
次へ

【化・日記】

南野ツボミ……さんに初めて惹かれたのは、 容姿でも性格でもなく、才能だった。 今年の春。 夢だった美術大学にはれて入学出来た。 専攻は工芸。 将来、自分のデザインした作品が世に出回ることを、夢にみるのはクリエーターとしてはささやかな願いである。 一通りの入学手続きやらなんやらを済ませ、桜が散りはじめた構内を歩けば、新入生獲得のための、サークル・部活活動の呼び込みで軒をなしていた。 趣味の合う友達も欲しかったし、サークル活動にも興味があったので、目立たず、捕まらず、どんな内容のサークルがあるか目を通していた。 その一角に、多くの人が群れをなしていることに気がついた。 足を向けてみれば、どこかのサークルがパフォーマンスの最中だった。 「新入生の皆皆さま、入学おめでとうございます!」 「おめでとうございます!」 「ここにおわしますは構内随一の鬼才、ミナミノツボミ之嬢!彼女に描けぬものはなし!」 そうミエをはる美声の主は黒紋付の羽織り袴。 おまけに無精ヒゲ。 ドドン! と合いの手を打つ和太鼓に鼓(ツツミ)、筝(ソウ)と三味線、横笛と篳篥(ヒチリキ)の奏でる曲は最近流行りのポップミュージックだったり(しかも奏者もみんな黒紋付)、 この時点で既に型破りなサークルなのに、無精ヒゲに紹介されて、ペコリとお辞儀した女性は白い小袖に黒の袴。 スラリとした(女性にしては)長身で、ふわりとしたショートボブが印象的だった。 演奏はいつの間にか二曲目に替わり、先程とは打って変わって、純和風の曲になっていた。 用意された四メートル四方の白紙に、彼女は躊躇なく墨をぶちまけ、筆を走らせる――。 観客が固唾をのむ中、演奏が終わると同時に 画は完成した。 ――ため息がこぼれた。 白と黒のコントラストが美しく、 ――描かれたのは、桜。 しかも線画ではなく、殆どを墨で塗り潰し、白を僅かに残した本来の描き方とは真逆のことを、彼女は曲が終わる僅かな時間で難無くやり遂げたのだ。 「まだまだ今宵の夜桜を愛でるには時間がございますが、ツボミ之嬢の描かれた幻の桜を味わっていただければ、これ幸いと存じ上げまする。して――」 そう言い終わらないそばから、 「キャーーっ! シロ先輩っ!」 周りから黄色い歓声が飛び交う。 次に現れた人物は白塗りの――女形というやつだ。 緋毛氈(ヒモウセン)が敷かれた舞台に鮮やかな色彩の着物を身に纏い、その人物はしなやかに、舞を踊りあげる。 進行役の無精ヒゲは、聞き惚れるほどの美声で長唄をそわせ、和楽器の奏でる音が儚げに旋律をのべる。 気がつけば先ほど描いた夜桜がいい案配に背景になり、 ――そこには一つの芸術が完璧なまでに生まれていたのだった――。   
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加