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「……バケノ? 読めん!」
「あぁこの字は京都でみたね」
「カノ」
「ケノ」
扉の向こうでなんやかやと俺の苗字で盛り上がっている。
物凄く入りずらいなぁ……。
とはいったものの、この場で突っ立ってるのもなんなので、意を決して、
『二足の草鞋(ワラジ)会』
なんてふざけたサークル名の張られた扉を開けようと――、
「あの……、入らないんですか?」
背後から響く声に不覚にも肩をびくつかせてしまった。
かなり恥ずかしい……。
振り返るとそこには、先日見事な夜桜を描いた女性が立っていた。
小首を傾げて不思議そうに俺を見る。
しばらく無言で考えている……。
それから合点がいったのか、
「あぁ! 新入生の人ですよね? どうしたんです? どうぞどうぞ中に入ってください。何もないところですけど」
さぁさぁと否応なく促されて、踏みいった部屋はまさか、悪魔の巣窟だったなんて、その時の俺は知るよしもなかったのだ――。
「おっ、来たな」
「なんだ新しい子も一緒か」
「遅いわよ、ツボミ」
「遅い遅い」
「すみません。講義の先生と話が長引いてしまって」
「そっか、じゃあ仕方ないな」
「ミナミちゃん悪いけどお茶いれて」
「遅れてくるなんてツボミのくせに」
「生意気ね」
えーと俺、無視されてる……?
「で、新人」
ずいっと眼の前に現れたのは先日司会をしていた美声の持ち主。
今日も相変わらずの不精ヒゲだ。
「まてクロ、ここはクイズといこうじゃないか」
にやにやと含み笑いをするのは、ちょっと男の俺でもドキドキしてしまうほどの美貌だった。
先日女形を演じた人だ。
「クイズ? シロにしては」
「回りくどいわね」
眼の覚めるような紅と蒼の(ゴスロリっていうのか?)衣装を身につけて、二人の女性は仁王立ちだ。
サークル参加の時に受付嬢をしていた双子だ。
「アカ、アオ、新人が固まってるだろうが。で、新人」
再び不精ひげが言葉を繋いだ。
確かに、あまりの目まぐるしさに口が聞けなかった。
俺、けっこう社交的だと思ったんだけどなぁ。
「お前の名前がわからんとゆー話でだな」
ずいっと向けられた紙には、受付の時に書いた俺の字だ。
化野 忍。
「ハイ。第一回名前当てクイズ~」
「あんまり」
「興味ないんだけど」
「おいノッてやれよ! バケノが泣きそうな顔してるだろ」
いやバケノじゃないッス。
「いやむしろクロが泣きそうな顔してるな」
「もうカノでいいじゃない」
「ケノでもカノー(可能)ね」
ぷははははっ!
一同大爆笑。
俺は全然面白くない……。
「あの~、皆さん。お茶はいりました」
一同が盛り上がってる中、一人でお茶をいれてたミナミさんが声をかけた。
「今日はカモミールアッサムにしてみました」
部屋に広がる紅茶の匂い。
白滋のカップに注がれた、オレンジ色の水色が綺麗に揺れている。
五客揃ったカップを各々が取り上げ、残った最後の一客をミナミさんは俺に渡してくれた。
自分のだけは見た目が安物のカップで。
「ごめんね。私のカップで悪いんだけど、……えっと」
クロと呼ばれている不精ヒゲが持っていた紙を見て、
「アダシノくん」
にこっと微笑んだ容貌が、後々小さなトゲとなって俺をモヤモヤと彼女を意識させたのは、少し先の話になる。
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