【化・日記】

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**** 「……バケノ? 読めん!」 「あぁこの字は京都でみたね」 「カノ」 「ケノ」 扉の向こうでなんやかやと俺の苗字で盛り上がっている。 物凄く入りずらいなぁ……。 とはいったものの、この場で突っ立ってるのもなんなので、意を決して、 『二足の草鞋(ワラジ)会』 なんてふざけたサークル名の張られた扉を開けようと――、 「あの……、入らないんですか?」 背後から響く声に不覚にも肩をびくつかせてしまった。 かなり恥ずかしい……。 振り返るとそこには、先日見事な夜桜を描いた女性が立っていた。 小首を傾げて不思議そうに俺を見る。 しばらく無言で考えている……。 それから合点がいったのか、 「あぁ! 新入生の人ですよね? どうしたんです? どうぞどうぞ中に入ってください。何もないところですけど」 さぁさぁと否応なく促されて、踏みいった部屋はまさか、悪魔の巣窟だったなんて、その時の俺は知るよしもなかったのだ――。 「おっ、来たな」 「なんだ新しい子も一緒か」 「遅いわよ、ツボミ」 「遅い遅い」 「すみません。講義の先生と話が長引いてしまって」 「そっか、じゃあ仕方ないな」 「ミナミちゃん悪いけどお茶いれて」 「遅れてくるなんてツボミのくせに」 「生意気ね」 えーと俺、無視されてる……? 「で、新人」 ずいっと眼の前に現れたのは先日司会をしていた美声の持ち主。 今日も相変わらずの不精ヒゲだ。 「まてクロ、ここはクイズといこうじゃないか」 にやにやと含み笑いをするのは、ちょっと男の俺でもドキドキしてしまうほどの美貌だった。 先日女形を演じた人だ。 「クイズ? シロにしては」 「回りくどいわね」 眼の覚めるような紅と蒼の(ゴスロリっていうのか?)衣装を身につけて、二人の女性は仁王立ちだ。 サークル参加の時に受付嬢をしていた双子だ。 「アカ、アオ、新人が固まってるだろうが。で、新人」 再び不精ひげが言葉を繋いだ。 確かに、あまりの目まぐるしさに口が聞けなかった。 俺、けっこう社交的だと思ったんだけどなぁ。 「お前の名前がわからんとゆー話でだな」 ずいっと向けられた紙には、受付の時に書いた俺の字だ。 化野 忍。 「ハイ。第一回名前当てクイズ~」 「あんまり」 「興味ないんだけど」 「おいノッてやれよ! バケノが泣きそうな顔してるだろ」 いやバケノじゃないッス。 「いやむしろクロが泣きそうな顔してるな」 「もうカノでいいじゃない」 「ケノでもカノー(可能)ね」 ぷははははっ! 一同大爆笑。 俺は全然面白くない……。 「あの~、皆さん。お茶はいりました」 一同が盛り上がってる中、一人でお茶をいれてたミナミさんが声をかけた。 「今日はカモミールアッサムにしてみました」 部屋に広がる紅茶の匂い。 白滋のカップに注がれた、オレンジ色の水色が綺麗に揺れている。 五客揃ったカップを各々が取り上げ、残った最後の一客をミナミさんは俺に渡してくれた。 自分のだけは見た目が安物のカップで。 「ごめんね。私のカップで悪いんだけど、……えっと」 クロと呼ばれている不精ヒゲが持っていた紙を見て、 「アダシノくん」 にこっと微笑んだ容貌が、後々小さなトゲとなって俺をモヤモヤと彼女を意識させたのは、少し先の話になる。
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