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【蕾】
人攫いにあいました。
『二足の草鞋(ワラジ)会』
なんてふざけたサークル名の張られた扉の前まで、私は両腕を掴まれてずるずるとここまで来てしまった。
左右には同じ顔で紅蒼の衣装を身につけた鬼女か悪魔が笑っている。
「いいカンジの人材が見つかったわね」
「今日はいいことがあるって占いにでてたから」
くすくすくす。
「クロ、シロ連れてきたわ!」
「見て驚くがイイ!」
ガラリと開け放たれた部屋は意外に狭かった。――正確には作りかけの課題作品やオブジェが部屋の大半を占めていたために狭く感じるのだ。
メルヘンチックなパステル画に隆々荒々しい油絵、大胆な象(かたど)りでありながらも精緻な造りの彫刻。
それからこの双子のものであろう、フリルやレースがふんだんに使われた、ゴシック調の洋服がラックに何枚も掛けられている。
もちろん、紅と蒼の二色だ。
「えっ、お前ら本当に連れて来ちゃったの?」
不精ヒゲで髪もぼさぼさ、何日もここで寝泊まりしているような風体で「熊みたいな男だな」と私の第一印象はそんな感じだった。ただ、聞き惚れるほど声が良い。
黒杉瞳(クロスギヒトミ)
通称クロ先輩。
この『二足の草鞋会』
略してニソワラ会の発端者であり会長である。
専攻は西洋画。見かけによらず乙女チックな作風を描く。
「アカアオのそのハイエナ並の嗅覚には恐れ入るね」
隣の部屋からマグカップを両手に持ち、一つは寝ぼけ眼のクロ先輩に渡した人物に息をのんだ。
頬にかかる長髪を後ろに結び、線が細く、一瞬女かと見紛うほどの美貌の持ち主。
どこからの浮世絵から飛び出してきたかなような「あぁスケッチしたい!」思わず創作意欲を掻き立てられるほど、内々から光り輝くまばゆい綺麗な男の人。
白百合幸四郎。
(シラユリコウシロウ)
通称シロ先輩。
ニソワラ会の副会長。
梨園(リエン・歌舞伎の別称)の家柄で三人も兄がいるせいか、家業を継ぐこともなく
好き勝手に過ごしている身の上らしい。
専攻は西洋画。見かけによらず荒々しく激動的な油絵が得意だ。
「センスのいい日本画を描くし、ウチに足りなかったのを補える十分な人物なのよね」
「おまけに長身で細身。顔立ちもなかなかだし理想のモデル体型だしね」
くすくすくすくす。
双子が笑う。
たぶんなにも知らなければ、西洋人形のように綺麗な二人を穏やかな眼で見ていられたのだろうけど、ぼんやり構内を歩いていたら突然後ろから腕を掴まれて、なにも解らぬまま連れて来られた私にとっては恐怖のなにものでもない。
私、何かしただろうか……。
擬宝珠紅珠・蒼珠。
(ギボシ コウジュ・ソウジュ)
通称アカ先輩・アオ先輩。
歳の離れた姉は真珠(シンジュ)。嫁いだ先の苗字は阿古屋(アコヤ)というのだから世の中ふざけてるとしかいいようがない。
専攻は工芸に服飾。
大胆でありながら精巧なオブジェを造ったり、凝った服を難無く縫製できたり、見かけによらず手先が器用な双子である。
「で、アカ鬼アオ鬼に取っ捕まれてきた哀れな一年、悪かったな。……帰っていいぞ」
クロ先輩が申し訳なさそうな顔で私を促した。
「ちょっとなにいってんのよ!」
「この子はもうウチのメンバーです!」
「本人の承諾もなしに連れて来たんでしょ?」
やれやれとシロ先輩は頭を掻いた。
「あ、あのぅ……」
勇気をだして聞いてみた。
「こちらのサークルは何をしているんでしょうか?」
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