■ベンチタイム ただいま発酵中

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 さて、毎月行われる商品開発会議。 「俺はずっと前から疑問だったのだ」  と、意気揚々と本日の議題に、晴海は椅子から身を乗り出した。 「なんでウチのアンパンはこし餡なんだ!」  なにかとんでもないことをいうのかと思ったら、――何をいまさら。  開業当時から『明日喜屋』のアンパンはこし餡である。  それは粒餡にしたときに、皮が歯にはさまらないようにとの考慮なのだが。  色素の薄い髪をピンで留めて、晴海は、 「俺はたまには粒餡を食べたいんだよ!」 「なに言ってんの……。アンタ、何食べたって味なんか解りもしないのに、粒もコシも同じようなものでしょ」  ちなみに母親は実の息子でも平気で罵倒する。 「だいたいウチのアンパンは食べごたえがねーんだよ」  なんてことをいうのだ。  このバカ兄は。  自分が焼成しているのに、いままでそんな不満を抱えていたのか。 「だいたいなんで俺が作ったアンパンを、誰も食べてくれねーんだ!」  この言葉には少々補足しておこう。    正確には晴海が味見したアンパンを誰も食べないのである。  店で出している商品は、ちゃんと時雨がレシピを考え、開発したものなのだ。  そう、晴海は自覚のない味覚オンチなのだ。  だから彼はレシピ通りには作ることが出来る。   しかもこちらが要望したものよりもずっと出来の良いものを作れる。  なまじ腕が良いばかりに、晴海が考えたパンの味の絶望感もハンパではないのだが。 「もういいっ! 俺はどうしてもつぶアンが食べて―ンだよ!」  そう言って店を出て行った。  今日の仕事は済んでいるから母は何も言わなかった。 「いいの、母さん?」 「ほっときなさい、どうせお腹がすいたら帰ってくるでしょ」  野良犬じゃないのだから……。  とはいったものの、以前に兄の作ったアンパン。  つぶアンが食べたいのを全面に推し出しているせいか、小豆しか入っていない。  しかもつぶしていないので、中身を割ると豆がボロボロと、うっかりすると全部落ちてしまう仕組みなのだ。
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