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このあとメシでも食いに行くか、とクロ先輩の提案だったのだが、居候の身である俺には、あいにく姉の夕飯を作らなくてはいけなかった。
家賃代はタダにしてあげるから、掃除・洗濯・炊事はきちんとやってね、と先立つ物がなかった俺は二つ返事で承諾してしまったのだが、よくよく考えれば割に合わない条件だと気付いた頃には後の祭りだった。
その旨を伝えると、どこまでもサービスがいいのかシロ先輩はウチの近くまで送ってくれるといってくれた。
「アダシノ、おまえ明日チャリじゃないと来れないのか?」
姉と共に住む部屋からは、最寄りの駅まで多少歩くことになるが、 シロ先輩の申し出を断る理由もなかったので、
「いえ大丈夫っす」
「なーなーシノ、飴食べる?」
助手席から声をかけられ、上着から取り出した、濃厚ミルク飴を否応なしに俺に渡してくる。
別にいいんだけど、クロ先輩、近いうちに確実に糖尿病になるよな……。
まだ越してきて、土地勘のない俺には、今通っている道がどこなのか正直わからない。
ちらちらと外の景色を眺めていると、
『シンコ書店』
という看板が見えた。
新、古、書店?
本屋なのか、古本屋なのか微妙に判断がつかない店だ。
「さっきんトコ、ミナミがバイトしてる所だぜ」
「『絶対足がつかない呪い術』とか『他人の金で快適に暮らす方法』とか、ふざけた本ばっか売ってるトコだよ」
「見た目以上に怪しい古本屋だよなー。そのわりには、店主に頼めば希望通りの本を探してきてくれるんだよなー」
「本で思い出したが、……アダシノ」
そこでいったん間を置き、
「おまえ、小説書いたことがあるだろ」
「えっ……!」
思わぬ所から過去の恥部に触れられ、動揺を隠しきれない。
「あ、なに? シノってそういうの書くタイプなの? あーおまえのお祖母さん作家だもんなー」
「確か結構有名な出版社から、一冊出してるよな?」
「えーすげー! 先生じゃん」
「いやいやいやいやっ! てかなんでシロ先輩そんなこと知ってるんですか!」
「バカだなー、シノ。こいつに名前教えたら、過去の全て一切合切、洗いざらい調べつくされるんだぜー」
「――わずか十五歳の若手新人作家。綴られる文脈の端々に鬼才の驚異を感じさせる作品――」
「うわーっ! シロ先輩やめてください! メチャクチャ恥ずかしいっ!」
顔から火が出るとはこのことだ。若気の至りとしかいいようがないその出来事には、もう誰にも触れられたくない真実である。
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