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【閑話 二足】
化野姉弟の住まいは最寄り駅からかなり遠いが、外装は思っていたよりも綺麗だった。
「姉ちゃん一人で住んでるわりには、結構いい部屋っぽいな」
六畳一間の安アパートに住んでいる黒杉にとっては、交通の便については考えものだが、広い部屋は魅力的である。
化野を見送ったあと、目的も告げていないが白百合の車は走り出す。
「まったく、相変わらず……名前負けした腹黒さだな」
黒杉は先ほどのふざけた口調とは別の声で、呆れた。
「お前がウチまで送ってくなんて殊勝なこというから、どうせ裏があるとは思ったけどな」
窓を開けて流れてくる風に、隣人の髪は柔らかに揺れる。
「クロ、何がいいたいわけ?」
「シノの土地勘がないことをいいことに、わざと遠回りしたろ?」
化野が告げた場所は、南野蕾と栗花落紫陽花(ツユリシヨカ)の住家から番地ちがいだと知ると、白百合は南野がその界隈でバイトするシンコ書店の前をわざと通ったのである。
素知らぬ顔で白百合は化野の住所を聞き出したが、たぶん住所や電話番号ぐらいは先ほどの南野がお菓子を買ってくる間に調べはついているのであろう。
古本屋を見せたのは、調べておいた化野の過去のネタをフルための前置きでもあるが、
「アカアオがいってた通りに、ミナミちゃんの運命を変える人物だったら面白そうだと思ってね」
「ふーん。お前って結構ミナミのこと気に入ってたんじゃないの?」
「んー、どちらかというとツユリ姫のほうが気が合うけどね」
「あーお前に似て酒飲みだもんなー」
黒杉は、いつでも幼なじみの南野のことしか考えていない、黙っていれば日本人形のように可愛らしい、南野の同居人を思い浮かべた。
「……で、(コウ)シロ(ウ)。どこ行くわけ?」
普段、ふざけた口調と愛嬌のせいでカモフラージュされているが、黒杉はいつでも白百合のことを下の名前で呼んでいた。
もちろん、白百合も気付いている。二人だけの秘密である。
もっとも「白」百合のせいで十中八九、気付く者はいないのだが。
「どーせあいつのことだから、手元になくて本は持ってこれません、なんてハラそうだから、保険をかけとこうと思ってね」
そういっている間に、先ほど通りすぎたシンコ書店に車を停める。
店内から溢れ出た古びた蔵書の数々が軒先に並べられ、北向きの出入口は少し暗い。
つ、と古い紙の独特の匂いが鼻孔を刺激する。
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