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其の二
彼女そのままは桐箱を持ち帰った。しかしどうすればいいのかわからずに悩んでいた。
――うーん。実際にこれが猿の手と同じ効果があるのかわからないな。もし同じなら、なぜ猿の手ではないんだ? なぜ死神の尾なんだ? つまり効果は違うと考えた方が妥当か。
そこで彼女はいくつかの仮説を立てることにした。
「まず分かっている事を書くか」
そう言うとノートを開き、ペンを走らせていく。
「まず……分かっている情報は……っと」
スラスラと書いていく。分かっている事。名前。蓋の裏に書かれた願えば叶うという事。何かの骨の尾である事。
「この三つか……。少ないな。まず一つ一つ考えてみようか。名前から。死神の尾。当然あの死神の事だなぁ。あれに尾なんてなかったはず。でも誰もローブを脱いだとこは知らない。いや、そもそも実在するとは思えない」
彼女はそういう類の話は信じてない。幽霊など非現実的な事はありえないと思っている。
「しかし、本当に実在すると考えてみようか。なぜそれが本体から離れている? しかも桐箱に入ってまで……わからないな。何か理由があるとは思えない。だとすると単なる余興なのか……気まぐれ? なぜ? んー、わっかんないなぁ。後回しにするか。問題は次だ。願えば叶う」
言って尾の骨を見つめる。
「願えば叶うねぇ……。これが猿の手と同等なら、あたしの周りに何らかの影響が出るはず……まぁ出るなら出たで問題はないんだけど。願いの回数が気になるかなぁ」
猿の手には三つという願いの数が決まっている。しかしこの死神の尾には願いの数は書かれていない。つまり――。
「つまり、願いは回数制限ではないということ……かな? 何度でも叶えてくれる? でも差し出す物があるはずだよねぇ……。対価が必要なはず。それが何かわかんないし。ん~……わかんないなぁ……まじファックだわ」
腕を組み、悩む。彼女はもう一度、死神の尾を見ようと思って桐箱を開けた。すると信じられないことが起こっていた。それは桐箱の中に一通の手紙の様なものが入っていたのだ。
「な、んだよ、これ」
彼女は恐る恐るその手紙を手に取った。小さな紙だ。それが二つに折りたたまれている。
それをゆっくりと開ける。
するとそこには桐箱と同じ綺麗な字でこう書かれていた。
”問題、死神の尾を使うにあたって対価があるなら、それは何かを十五文字以内で答えよ”
「な、んだよ、これ」
彼女は同じ言葉を繰り返して、何度も同じ文字を読み返す。理解ができないといった感じだ。彼女が理解できない事柄は三つ。
まず一つ目は、なぜ手紙が桐箱の中に入っているのかということだ。彼女は桐箱の中に死神の尾以外は入ってなかったことを確認している。見逃すはずがない。
だからだ。
だからなぜ手紙が桐箱の中に入っているのか理解ができなかった。気味が悪い。とは決して思わないだろうが、理解ができない。
二つ目。
それは彼女が先ほど口に出したことだった。
対価を答えよ。
彼女は対価がなにかしら生じると考えていた。そう思っていた矢先にこの手紙だ。まるで彼女が対価という言葉を口にしたからこの手紙が現れたかの様だった。
――対価……ねぇ。
彼女はその手紙をジッと見つめる。
「たしかに対価はあると思っていた。何かを得るには何かを捨てなければならないしな。しかし、なぜそれをわたしに問う?」
それが最後の疑問。
「わたしに答えさせて何か意味があるのか? そうとはとうてい思えないけど。その答えがわかったら……どうなるんだ?」
思考を必死に巡らせる。
――何か意図があると考えた方がよさげだな。そもそもだ。これは誰がなんの為にしていることだ? それがわかれば多少は答えにいきつく気がするけど、それはわたしの思い過ごしか、ただ単にそう思いたいだけなのか。おそらくは後者。
彼女はふぅと、溜息を大きくついた。
「誰からかわからないけど、これは挑戦状かなにかか? いいよ。受けてたつ。これが最後の余興なんだし、せいぜいわたしを楽しませてくれないと困るしね」
そう言って死神の尾に視線を送る。当たり前だが返事などはない。
「よし、とりあえず問題を考えてみるかな」
彼女は自分の書いたノートを見つめて考えを巡らせる。あまりにも情報が少ないが、だからなんだというのだろうか。情報があろうがなかろうがそれは今の状況で行われる。だったら今現在で分かっている事で考えるしかない。
「使う――という事はやっぱりそういう事なんだろう。使う。使えば何が起きる? 願いが叶う。その願いの対価はなんだ? あたしが支払うものなのか。それとも猿の手みたいにあたしの周りの人間が支払うものなのか。個人的には周りの人間に支払ってほしいな」
周りがどうなろうがどうでもいい。たとえそれが家族であってもあの友人である爽真直道でもどうでもいいと考えている。
使うという事は発動させなければならない。しかしその発動方法が彼女にはわからなかった。
――使う、ねぇ。
どうやって使うのか。これが漫画やアニメだったなら呪文的なものがあるはずだ。
「何かを唱える、か。でも何を唱えればいいんだ? 般若心経でも唱えればいいのか?」
彼女は自分で言った冗談にくだらないと笑った。そこでいや、と考えを改める。
「死神、とはどこで考えられたものなんだろ」
つまり日本のものなのか、それとも違って西洋のものなのか。そこで彼女はパソコンを開いて検索する事にした。
死神というもののルーツを探す。そこにまた何かしらのヒントがあるような気がしたのだ。
そして彼女は検索の欄に『死神』と入れてエンターキーを押した。上から順にそれらしい言葉を探していく。すると一つ気になる文が目に入った。
「お? これだな」
そこにはこう書かれていた。
「死神、それは生死を司る冥府の神――か」
彼女はフンと鼻を鳴らす。どうやらお気に召さないらしい。
「それぐらいはあたしでも知っている」
更に文を読んでいく。そこである文字で目が止まる。
「西洋の――死神?」
やはり死神というのは日本のものではなく外国のものだった。曰く、死神とは黒いローブ姿で中身は人間の白骨、手には大鎌を持っている。
「……尾があるとは書かれてないな」
また足がなく浮遊している姿がよく描かれている。
「足がない? それは初耳だ。まるっきし幽霊の類だなこれは」
ここで不可解な文字を目にする。
「日本の、死神?」
西洋ではなく日本の死神と、そう書かれていた。死神は日本にも存在する。その文を読んでいく。
「……意味がわからない」
日本の死神というのはまったく知られていない。
死魔、という死にまつわる魔、という魔物が存在する。それに憑りつかれると自殺をしたくなるらしい。よってそこからその死魔のことを死神、と呼ぶようになっていったと書かれていた。
――聞いた事もないな。
更に他にも日本の死神は存在するが、そのどれもが彼女が知る死神とは違っていた。日本の死神というのは一言で表すなら、別の“何か”を総じて死神と呼ぶ。原型がないのが日本の死神なのかもしれない。
つまり彼女の知っている死神は西洋の死神になる。が、ここは日本だ。だからこの死神の尾は日本の死神だと考えた方がいいのかもしれない。
「日本の死神、だとしたら尾があるかもしれないな」
しかし正直なところ彼女はどちらでもいいと思っている。探しているのはあくまで問題の答えだ。いくら調べてもヒントになりそうな事は書いていなかった。
「まぁどっちの死神だとしても問題はない。あるかどうかもわからないし考えるだけ無駄だったか」
それでも一応は頭の片隅に置いておくことにした。いつ点と点が繋がって線になるか分からない。思わぬところで突破口が開けるかもしれない。
ふと時計を見れば時刻はすでに午後十一時を回ってた。
「おっとやばいやばい。さっさと風呂に入って寝るかな」
夜ごはんを食べていなかったが、彼女は今から何かを食べようとは思わなかった。死を決めている彼女にとってダイエットというオチはない。単純に空腹にはなっていないからだ。
それから彼女は入浴をすませてベッドの中にもぐり込んだ。そして回想をする。それは間違いなく死神の尾の事だ。
突然目の前に出現した。意味も理由もない。だからこそ面白いと思う。そして彼女はそれを人生最後の余興として楽しむ事にした。
「鬼が出るか、蛇がでるか、だな」
そんな事を呟いてそっと目を閉じる。
――出るのは死神か。
真っ暗な闇の中に落ちてくとき、人間の白骨が見えた気がした。それはすでに夢の中なのかもしれない。絶対に問題を解いてみせると意思を固めて彼女は夢の続きを見ることにした。
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