5人が本棚に入れています
本棚に追加
満月の光を背中に浴びながら商店街を歩く。一日遅れたが、妻にケーキを買って帰ろう。
ケーキ屋に着いた私はドアに張り付いて店内を見渡す。案の定、店内は薄暗い。
私は構わずドアを強く叩いた。ケーキならコンビニにもあるが、記念すべき日にコンビニのケーキを持って帰ることは私のプライドが許さなかった。
休む事なく叩き続けていると、二階の窓が開き、中から屈強な男がいかにも不機嫌な顔をして現れた。彼とは二十年来の親友だ。
「うるせえぞ。チビたちが起きちまうだろ」
怒鳴る親友の声の方がよっぽど近所迷惑だ。私も顔を上げて負けじと声を張る。
「そんなことより急用なのだ。今からケーキを作って欲しい。いや、何か余っているケーキがあれば分けて欲しい」
「野良猫じゃあるまいし、なんだって今必要なんだ?」
親友はさも疲れているとでも言いたげに大きな欠伸を出す。私は構わず続ける。
「妻の誕生日なのだ。至急頼む」
「何言ってるんだ。そのケーキなら昨日の午前中に届けたぞ。電話で口酸っぱく言われたからな。研究しすぎて頭おかしくなったんじゃないか?」
嘆息をつく親友の言葉を私はしばらく理解ができなかった。電話で予約した覚えは一切ない。自分で言うのもあれだが、私はそこまで気の回る人間ではない。そんな事ができるならこうして慌てていない。
「そいつは赤の他人だ。親友の声を忘れるとは何事だ」
地団駄を踏んで足早に去った。
最初のコメントを投稿しよう!