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「新さんはずるいです。病室で『私のことは忘れてくれ』と言ったのに、これでは忘れたくても忘れられないじゃないですか」
最後の部分の声が震えていた。妻は鼻水をすすって声色を一音上げて語り続けた。
「もちろん、たくさんのプレゼントも嬉しいですが、私は」
言葉が途切れたので顔を上げると、声だけではなく妻の小さな背中までも小刻みに震えていた。
「……私は、新さんに隣にいて欲しかった……」
言い終わった妻は俯いて静かに涙をこぼした。
「琴乃」と言って私は境目を跨いで妻に歩み寄った。突然呼ばれた声に肩を竦めた妻は振り返って信じられないというように固まっていた。
口は開いているが、言葉が続かない妻の華奢な体を抱き寄せ、心を込めて言葉にした。
「ただいま琴乃。誕生日おめでとう。そして、私の妻でいてくれてありがとう」
不器用な私があれこれ考えたところで出てくるものは大したものではないのだ。
贈り物はこれで十分だったのだ。
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