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「わかるよ。わかってるよ。けどさ……」
理想論を語っているのはわかっている。育児をしたことのないお前に何がわかるんだ、なんで自分達の平穏をお前のような女に邪魔されないといけないんだ――あの親たちの眼はそう語っているように見えた。事実、彼らにもう少し理性がない人間ならば、あの場で怒鳴られていてもおかしくなかったということなのだろう。
もし自分に子供がいたら、と考えてしまう。思ったとおりに動いてくれない、育ってくれない、学んでくれない――その積み重ねの果てに、望んで産んだはずの子供を愛しく思えなくなってしまう時が来るのだろうか。そして、子供のサインにも全て目を背け、自分の“楽”だけを考えた行動を取るようになってしまったりするのだろうか。
――そんなの、絶対嫌だ。
そして。
そんな彼らの現状を知ってもなお、本当は自分だって子供が欲しかったのに――そう思う自分は、愚かなのだろうか。
「希央君が、可哀相だ。……平気な顔してたけど、実際親に売られたようなもんじゃないか。縛られて、殴られて、もっと酷いことされそうになって……怖かっただろうに。家に無事に帰ってきても歓迎されない空気になってたかもしれない。それがどんだけ、ココロを切り刻むか」
「うん」
自分より背が低く、痩せた夫の肩に寄りかかって一夏は俯く。
「あたしが。……あたしの子供なら、そんな想いさせなかったのに。あたしなら、さあ……」
そんなIFを積み重ねても、何の意味もないことくらいはわかっている。それでも縋ってしまう弱い自分の背を、一馬はいつまでも撫で続けていた。
「大丈夫、一夏。……俺がいる。子供がいなくても、誰が敵になっても……俺が一夏の味方でいるから」
どんよりと曇った空の向こうに、青空はまだ見えない。まるで鬱々としたこの町の空気のように。
それでもいつか、悪意と保身に満ちたこの場所も変わっていくだろうか。あるいは自分達の手で変えていくことができるだろうか。
今一夏にできることはただ、隣にいる愛する人の手を握ること、それだけであったのである。
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