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<5・偽善者>
さすがにそれはダメだ、と一夏は全力で希央を止めた。ここまで真っ黒な施設に、いくら真実を突き止めるためとはいえ希央を送り込むわけにはいかないと。しかし、どうやら希央の意思は相当固い上、どうやら彼の両親は既に施設に希央を送り込むことを現実的に検討し始めているということらしい。今からジタバタしても遅いよ、と言われてしまったらもう一夏にはどうしようもなかった。
『俺のこと心配してくれるなら、海老沢さんが助けにきてくれればいいじゃん。俺、スマホとか録音機器持ち込んで、何が何でも証拠取ってやるつもりだし』
『ええええ……!?』
『おばさん体格いいから、なんか格闘技とかやってたんじゃないの?』
『え、えええええ……』
いや、確かに自分は柔道バカだったけども。女性として明らかにデカいし、昔より落ちたとはいえ筋肉も十分以上あるのは確かだけれども。
まさかそのスキルを此処で生かせと言われるだなんて、どうして予想できただろうか。施設の実情がシロなんてことはないだろうが、それでも下手に乗り込んでいったらこっちは不法侵入になるし、誰かを殴ったら傷害罪になるのだけれど。
――首を突っ込むなって言ってたけど知恵サン。こりゃ、首を突っ込まないわけにはいかなくなっちゃったわ。もうここまできたらしょうがないよねー?
心の中で友人の顔を思い浮かべつつ、現在一夏は施設の近くで待機中である。希央が言った通り、施設の左隣の家は廃屋になっていた。庭に隠れるのはうってつけというわけである。不法侵入は、今回ばかりはごめんなさいと言うしかない。
希央は自分のスマホを持ち込んで録音するつもりでいたようだが、さすがにそこまで甘い話ではないだろうと一夏は踏んでいた。本当に施設そのものが犯罪行為に関わっているのであれば、証拠が物理的に残ることを何もよりも恐れるはずである。通信機器の類は、親か施設の職員に回収されてしまう可能性が高い。よって一夏は考えた上、自分のスマホを希央に貸し出して通話状態を維持させ、自分は夫から借りたプライベート用のスマホでその様子を録音しつつ聞いて、状況に応じて突撃することにしたのだった。
本当はここまでくるともう、警察に駆け込んだ方がいい状況なのは分かっている。ただし、もし町ぐるみで施設の存在を隠ぺいしていたとした場合、果たして“町のお巡りさん”が本当に施設の実情に気づいていないだけなのか、確証を持つことができなかったのだ。もし本当に交番まで施設の息がかかっていた場合、持ち込んだ証拠をそのまま上に報告せずに処分されてしまう可能性がある。とすれば、自分達にできるのは物理的証拠をしっかりと抑えた上で、この町“以外”の警察を頼るしかないのではないだろうか。
――あたし、探偵でもなんでもないんだけどな。なんでこんなことしてるんだか。
夫のスマホにイヤホンを繋ぎ、向こう側の音に集中する。希央の親は、どこまで施設の実情を知っていて彼を預けているのか。全部知っていて押し付けているのか、あるいは知らないフリをしているだけなのか。希央は、友人に起きたことを親にも話したはずだ。それでも預けられるということは、何も知らない信じていない、ということはさすがにないだろう。
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