<1・婚約者>

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 ***  今の夫である海老沢一馬と出逢ったのは、大学のサークルでのことである。偶然名前に“一”の字が被っていることもあって、周囲からは面白がって“いっちコンビ”なんて呼ばれていた。それは二人の見た目と性格が、面白いほど真逆であったからというのもあるだろう。長身で筋骨隆々の(今は多少その筋肉も落ちたが)一夏と、明らかにモヤシで運動がからっきしダメなマネージャーの一馬。運動部に入りたかったけれど、体力がないからマネージャーになりましたという典型だった。女子部のマネージャーに、彼のような男子が入ったことに先輩たちも驚いていた様子だったが。 『まあ、マネージャーだろうとなんだろうと、やる気がある奴ならいいんだよ。男だろうと女だろうと、運動部のノリについてこれなくてすぐ泣き言いうような奴は要らないからね』  一つ年下である一馬に対しあっさりそう言い放った一夏に、彼は一体何を思ったのだろうか。細くて小柄、真っ白なモヤシ。いかにも気弱そうな眼鏡の、まだ高校生にも見えそうな童顔の青年は。一夏の言葉に意外にも背筋をピンと伸ばして見せたのだった。そして。 『はい!俺、津田先輩の役に立てるように、頑張ります!』  ちなみに津田、というのが一夏の旧性である。まさか名指しで自分の役に立つときたものだ。どれほどのタマなのか見てやろうじゃないか。そう思っていた一夏は、すぐに一馬の認識を改めることになるのである。  一馬は体力こそなかったものの、根性とやる気、そして観察眼は人一倍だった。いつも誰より早く来て道場やロッカールームの掃除をし、皆のドリンクを用意し、サークル活動の準備に余念がない。それぞれの選手の難点を見抜くのも上手かった。ビデオを見ただけで瞬時に“●●大学の××選手、多分左肘が痛いんだと思います”なんてことをすぐに言い当ててきたりする。いつの間にかマネージャーどころか、主務業もばっちり兼業するようになっていた彼は、いつしか自分達にとってなくてはならない仲間になっていったのだった。
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