<1・婚約者>

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 骨のある、いい奴。彼のことを認めるようになってからも、当初の一夏の一馬への印象はあくまで“頼れる仲間の一人”でしかなかった。好感度は高かったものん、そもそも一夏は自分が恋愛するという思考が完全に欠けていたのである。なんせ中学からずっと柔道ばっかりやってきた柔道バカな一夏だ。男と浮ついた話など一度もなかったし、筋骨隆々な大柄な女に声をかけてくる男もいなかったのが実情である。  ゆえに。 『つ、津田一夏さん!』  そんな一馬から告白された時は、腰が抜けそうなほど驚いたのだ。 『俺、ずっと前から津田先輩が好きでした!津田先輩の役に立ちたくて柔道のこと勉強して、このサークルのマネージャーになったんです。俺と、付き合ってください!』  こんな自分を、女として見てくれる人がいるなど思ってもみなかった。同時に、誰かに愛されるのがこれほどまでに嬉しいなんてことも。  一馬のことを一人の男として見るようになったのも、本格的に好きになったのも付き合うようになってからのことである。彼は、自分にはもったいないくらい出来た男だった。むしろ彼に無いものを補うために、自分はこんなにデカく、強く生まれてきたのかもしれないと思ったほどである。  そしてそのまま二人は大学を卒業すると同時に結婚し、今に至る。  銀行員をやっている一馬と、家で在宅勤務をしつつ主婦をやる一夏。今年から一馬が隣の県に転勤になったため、つい先日こちらに引っ越してきたばかりというわけだ。優しい夫と気の強い妻、元気いっぱいで愛しいおバカ犬という幸せ三人家族である。唯一残念なことがあるとすれば、それは一つ。一夏が、子供を産める体ではなかったということか。  大学最後の試合での、大怪我。相手選手の反則行為が、まさか自分の人生にここまで甚大な影響を及ぼすことになろうとは。骨盤骨折に、内臓尊損傷。一時は生死の境さえさまようことになった一夏が、生き残ることができただけでも儲けものであるということはわかっている。ただ、その結果、一夏は柔道で生きていくという道を絶たれたのだった。一部企業から、自分達の元で柔道を続けていかないかという声もかかっていたにも関わらず。
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