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なんか変だ。
前を行く人の足跡が変だ。
朝から降り続いた雪はしんしんと積もり、アスファルトの地面を真っ白に覆っている。帰りの電車が止まってしまってはかなわない、と仕事は早めに終わり、私は駅前のスーパーで夕飯を買って家路を急いでいる。
いつもの道が真っ白に染まり、歩くたびに足跡が残される。私と同じように道を歩く人は何人かいて、それぞれが足跡を道に残していた。
が。
私の前を歩く、青いレインコートに身を包んだ男性らしき人の足跡がおかしい。
明らかに人間の姿をしているのに。
足跡は。
猫なのだ。
あの肉球マークの小さな足跡が、人間の歩幅でさくさくと新雪に残されている。
おかしい。
私はこれから家に帰るということも忘れ、なるべく足音を立てないように男性の後をつけていった。
男性はしばらく大通りを進んでいくと、ふと左に曲がって細い路地に入っていく。
私も見失わないように、急いで、しかしそうっと路地に踏み込んだ。
が。
「(あれっ?)」
男性の姿が無い。
路地はまっすぐ一本道で、枝分かれしているわけではないのに。
あの青いレインコートの鮮やかさは覚えている。見失うような色でもない。
すぐさま視線をあちこちに巡らす私だったが。
不意に頭上に冷たい感触を感じる。
「わっ」
びっくりして声を上げながら、頭に落ちてきたそれを払う。
雪だ。民家の敷地に生えた木の枝から、雪が落ちてきたのだ。
雪を払い、ぶるぶると頭を振っていると、不意に自分の左側、顔と同じ高さに視線を感じた。
そちらに目を向けると。
猫だ。
尻尾が二股に別れたサビ柄の猫が、まっすぐ私を見ている。
猫又だ。
私が驚きのあまり声を出せないでいると。
「きひひひっ」
猫が笑った。
そしてそのまま塀の上を、路地の奥の方に向かってすたすた歩いていく。
一人残された私は呆然と、猫又が去っていった路地の奥を見つめていたのだが。
ふと、気づく。
「……帰らなきゃ」
そうだ、家に帰る途中だったのだ。せっかく買ったスーパーのお弁当も冷めてしまう。
私は先程までの非常識な現実を忘れるように、路地に背を向けて家路についた。
猫又に化かされたなんて、そんな現実を忘れるように。
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