first lap「運命の選択」

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first lap「運命の選択」

家と仕事の往復、たまの飲み会、そんな繰り返しの日々はあっという間にすぎるもので。 たまたま、いや故意的に被らせた出張は、こういう日に限って早く終わり、今新幹線に乗り込めば充分に自宅に帰ることができたが、その気にもなれず。 ふらふらと歩いてたどり着いた堤防に座り込み、ぼーっと夕日が沈むのを眺めていた。 すっかり夕日も沈み、スーツだけでは夜風が冷たく感じてきた頃、かれこれ数時間右ポケットに放置していた携帯の存在を思い出した。 重い気持ちで取り出し、ボタンを押す。 ぱっとついた画面に映し出されたのは、新着メッセージの数々。 息を吐きながらゆっくりスクロールして、その内の一つをタップした。 少し間があり、開かれた画面。 そこに映し出された写真に目を奪われた。 正装に身を包み楽しそうに笑う面々の真ん中で、嬉しそうに微笑む咲良は純白のドレスを身に纏っていて。 「綺麗だな。」 思わず言葉が漏れた。 グループトークには次々に祝福のメッセージと写真達が送られてくるが、俺はドレス姿の咲良から目が離せなかった。 昨日の昨日まで、今日を迎えるまでは、もしかしたらと思っていた自分に嫌気が差す。 咲良が八束に告白された時、 付き合い始めた時、 卒業して就職した時、 結婚報告を聞いた時、 受け身のままで自分は動けないのに、まるで漫画のように何かのきっかけでハッピーエンドを迎えられるかもしれない。 その根拠のないもしかしたらの想いの根底にあったのは、咲良も自分と同じ気持ちを持っていてくれていたら、という希望。 大きくゆっくりと息を吐き出す。 空気を吸うことが、苦しい。 段々と息を吐く速度があがる。 まっすぐ息を吐くことが難しくなって、小刻みに呼吸を繰り返す度に目と鼻の奥が熱くなる。 息を吐く量と吸う量のバランスが崩れかけた時だった。 「新谷晴(しんやはる)さん」 後ろから急に声をかけられた。 驚きで短い呼吸が一瞬止まり、長く息を吐き出すことができた。 視界がぐわんぐわんしたままゆっくりと振り返ると、そこにはスーツ姿の男性が立っていた。 見覚えのない顔に動かない頭を必死で回転させる。 年は少し上、30代くらいだろうか。 短い黒髪を立たせて眼鏡をしているその風貌は、すごく仕事ができそうで。 仕事関係で関わった人たちに思いを巡らすが全く記憶になく、目の前の見覚えのない顔に困惑する。 「あー、いきなりすみません!初めましてです。」 男性は戯けたように両手を胸の前にあげ、にこやかに微笑んだ。 「私のことはー、そうですね、佐藤とでも。」 「え、偽名ですか?」 怪しさが満点すぎて、突っ込まざるを得なかった。 少し呼吸が整ってきて、首だけ振り返った状態から姿勢を直すために立ち上がり、佐藤と名乗った男の真正面に立つ。 「俺の名前、どうしてご存知なんですか?」 「まぁ、そうなりますよね!順を追って説明させて頂きます。」 こんな怪しい状況、正気だったら取り合わなかっただろう。 でも今はこんな状況さえもうどうでもよくて、佐藤の次の言葉を大人しく待つ。 「私はあなたの手助けができればと思い、会いに来ました。」 「手助け、ですか?」 「はい、いきなりこんなことを言われると驚かれると思いますが。新谷さん、過去に戻ってやり直しませんか?」 「は?」 言葉を頭で理解するよりも先に、思わず口から言葉が出る。 あまりにも現実離れした提案に、無気力だった体に少し力が入る。 その様子に佐藤は"お。"と短く言葉を漏らし、続きをこちらが発するより先に、手のひらを向けて制してくる。 「新谷さん、牧村咲良さんに非常に深い親愛の情をお持ちですよね。」 次の言葉次第では、と思っていた矢先に咲良の名前が出て固まってしまう。 どうして、そのことを。 「あなたの牧村咲良さんへの非常に深い想いに感銘を受けました。ですので、ぜひそのお気持ちを消化するお手伝いができれば、と思っている次第でして。」 「え、誰から、どこから」 言葉が上手く出ず、口から出た音が宙を舞う。 この気持ちを知っているのは、聡太と杏だけで、でもあいつらは簡単に漏らすような奴じゃ、じゃあどこから?どこからの情報なんだ? 頭の中でぐるぐると考えを巡らすが答えに辿り着けない。 佐藤はその様子をじっと観察するように眺めていたが、一つ咳払いをすると口を開いた。 「私はあなたも含め、多くの方々の人生を全て見てきています。その上で新谷さん、私はあなたを選ばせて頂きました。理由は、自らの魂を傷つけるほど、あなたの想いの力が強すぎるからです。」 「見てきたって、え?何者なんですか?」 「何者、何者。うん、取り敢えず人間、ではありません。」 ファンタジーな解答に頭がついていかない。 でもそんなことよりも、知り得ない情報を知っていたり、妙に納得してしまう点もあって。 あー、もうなんなんだ。 俺は訳の分からないこの状況に、必死に動かしていた思考を停止させて考えることを放棄した。
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