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「とりあえず、こちらの話を聞いて頂いても宜しいでしょうか?」
伺うような、それでいてこちらに有無を言わせないような表情をしている佐藤と目が合う。
思考を停止したままてきとうに頷くと、彼は口角を少し上げて話し始めた。
「先程過去に戻って、と申し上げましたが、俗に言うタイムスリップです。戻るべき時点に戻って、そこから人生をやり直して頂きたいのです。」
話しながら動く佐藤の手を目線で追う。
するといきなりパンッと勢いよく両手を合わせて発せられた音に情けなくもびくっと体が震えてしまった。
「ただし、今の新谷さんがタイムスリップをしてしまうと矛盾が生じますよね?まぁもちろん年齢的にもですけど、同じ時間軸に同じ魂が2つ存在することになるとかなりまずい。ですので、精神だけを引き継いでタイムスリップをして頂きます。」
「精神だけを引き継ぐ?」
「はい、つまり体は子供、中身は大人!みたいな状況になります。某少年探偵団の逆バージョンですね!」
人差し指を立てて愉快そうに笑ってるけど、言ってることはかなりやばい。
それでも俺は佐藤の話を遮るどころか、縋るような思いさえ抱き始めていた。
思っていた反応と違い、少しも表情を変えない俺に、佐藤は若干気まずそうな顔をして咳払いをした。
「そして一番の重要ポイントなのですが。タイムスリップ後はその時間軸から戻れないという点です。要するにその戻った時間で生きて頂きます。」
へらへらしていた表情を一変させて彼は真剣に続ける。
「ここだけを変えたい、例えば後悔していることが起きた日に戻ってそれが終わったら今に戻ってくる、ということは出来ません。戻る、というよりは、今の人生を捨てて過去に戻ってその時間から生き直す、ということです。中々厳しい条件ですが、そこをご了承頂かないといけません。」
なるほど、と思ったと同時に疑問点が次々と浮かび上がってきた。
「そこは大丈夫です。でもそのタイムスリップのチャンスは1度だけですか?」
予想外の返答だったのか、キョトンとした顔の彼に凝視される。
「今の人生に未練なんてないので。そこは全然俺にとって問題ありません。」
補足するように伝えると、彼は“そうですか。“と独り言のように呟いた。
「タイムスリップの回数の話ですが、大まかに言うと回数に制限はありません。色々細かい決まりはありますが、まぁそれはおいおい。ただし、魂は確実に消耗しますのでご注意ください。」
「魂?」
「はい、簡単に言ってしまえばタイムスリップごとに寿命が削られる、ということです。」
頭の中で文章を繰り返す。
言っている意味は分かるが、理解が難しい。
そんな様子を汲み取ってくれたのか、重ねるように佐藤は言葉を続けた。
「ピンときませんよね。例えばですが、新谷さんの魂の寿命が80年としましょう。今24歳ですよね、故に残りの寿命56年分を持ったまま20歳に戻ったら、本来なら80歳で命尽きるところが76歳になるということです。」
「なるほど。」
やっと理解ができて頷くが、逆に彼は首を横に振った。
「ただしタイムスリップすることは、容易いことではありません。する度に魂を傷つけると思ってください。それに80年というのは魂の持っている寿命なだけで、体の寿命は正直我々にも分かりません。なので先程の計算で76歳まで生きられるというのはあくまで最長の話であって、タイムスリップするごとに何かしら寿命は短くなると考えてください。」
まぁ、そうだよな、と納得する。
タイムスリップするにはそれくらいリスクがないと釣り合わない。
「ご理解頂けましたでしょうか?」
またも考え込んで返事ができていなかった俺に、佐藤は伺うように言葉を発した。
「はい、理屈は分かりました。でも、なんでタイムスリップさせてくれるんですか?」
ずっと当初から疑問に思っていたことをぶつける。
初めの口ぶりだと沢山の人間の中から俺を選んだと言っていた。
嬉しい反面、何故選ばれたのか分からないところが本心だ。
「まぁ、初めにもちらっと言いましたが、あなたに幸せになってもらいたいんです。」
「幸せに、ですか。」
「はい。色々な方を見てきていますが、あなたの牧村さんへの想いの強さは凄いです。そしてその想いの強さが悪い方に作用していて、年々自分自身の魂までもを傷つけている。私はあなたを救いたい、と思いました。」
「そうですか。」
それ以上は聞けなかった。
その言葉が本心なのか、騙されているのか、この佐藤という人間は信用していいのか、考えるべきところは沢山あることは分かっているけれど、もうそんなことはどうだっていい。
答えはもうとっくに出ていた。
佐藤をまっすぐ見据えて背筋を伸ばす。
「タイムスリップ、させて下さい。人生を、やり直させて下さい。宜しくお願いします!」
藁にもすがる思いで、勢いをつけて深々とお辞儀をした。
下げた頭に血が上り、目頭が熱くなる。
数秒無言が続いて、肩にポンと手が置かれた。
そしてゆっくりと体を起こされる。
「こちらこそ宜しくお願い致します、新谷晴さん。幸せになりましょう!」
佐藤は眉尻を少し下げて微笑んだ。
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