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second lap「二度目の朝」
目覚ましの音が頭に響く。
目を瞑ったまま手探りで携帯を掴んで、いつものようにタイマーを止める。
なんだか長い夢を見ていた気がする。
ゆっくり息を吐き出して体を起こした。
「え?」
起き上がった先に見える景色が違う。
でも見覚えがあるここは、実家の自分の部屋だった。
頭がこんがらがりながら携帯を掴む。
パッとつけた画面には
"2016.08.01(Mon)"
と映し出されていた。
「本当に、戻った」
その数字だけではない、携帯だって過去に使っていたもので、ここは実家で、そして俺自身も。
暗くなっている画面で自分の顔を見る。
「5年で老けるもんだな。」
不思議な気分で大学生の自分を見つめていると、パッといきなり画面が明るくなり、受信メッセージが表示された。
"晴おはー。早起きしたからもうコンビニなうー。バスの中で食べるお菓子は任せといてー。"
聡太からのメッセージを何度も読む。
2016年8月1日。バス。
あ、と思い出す。
今日は、写真部の初めての合宿だ。
そして俺が一番戻りたかった日。
*********************
身支度を済ませてリビングに向かう。
階段を降りている足が少し震えるくらいには緊張していた。
「おはよう」
扉を開けるとテーブルのホットドックが目に入る。
次に制服を着た妹と化粧をしている母さんと目が合い、どこか感じる懐かしさに2人を凝視してしまった。
「おはよう!って晴どうしたの?そんなところで止まって。今日山行くんでしょ?夜は冷えるから風邪ひかないようにね。」
突っ立って動かない俺に、ドレッサーから覗く体勢の母さんは怪訝そうな表情を浮かべたが、すぐににこにこと口角をあげた。
「兄ちゃんどうしたの?もしかして合宿前で寝れなかったとか?いいなぁ、サークル合宿とかめっちゃ大学生じゃん!あ、兄ちゃんホットドック焼いといたよ。」
ホットドッグを頬張っている妹の幸に促されて、ようやく俺はテーブルについた。
「あぁ、ありがとう。」
作ったのは母さんだろ、と心の中では思いながら何だかこの一連のやり取りにも懐かしさを感じて思わず頬が緩んだ。
「え、兄ちゃんめっちゃ機嫌いいじゃん。合宿そんなに楽しみなんだ!まぁそうだよねー?ねー!ママ!」
幸と母さんはにこにこよりニヤニヤの表現が似合う表情で俺に視線を向けてくる。
「牧村さんと昨日話したけど、咲良ちゃんも写真部なんだってね!小中高大サークルまで一緒なの?!って盛り上がっちゃって!」
「それはもう運命じゃーん!てか兄ちゃん写真部なの未だに驚きだわ。」
当時なら恥ずかしさから逃げていただろう2人の冷やかしさえも嬉しく感じてしまうのは、歳のせいなのか。
ゆっくりとホットドッグを味わい、落ち着いたタイミングで2人を見据えて口を開いた。
「本当の意味で運命になるように、今回は必ず努力するよ。」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして止まっている2人を横目に、食器をシンクに運んで荷物を持った。
「じゃあ明後日帰ってくるから。合宿いってきます。」
リビングを出て玄関に向かうと2人はきゃーきゃー言いながら後ろをついてきた。
「え、なになに兄ちゃん!かっこいいじゃん!!頑張ってね!!」
「頑張って!咲良ちゃんなら大歓迎よー!」
靴紐を結ぶために座った背中を2人にばしばし叩かれる。
靴紐を結び終わって立ち上がり振り向くと、目をキラキラさせて2人が笑顔を向けていた。
「おう、がんばるわ。いってきます。」
「いってらっしゃい!気をつけてね!」
まるで戦いにでも行くかの如く熱く見送られて、思わず吹き出しながら玄関を出た。
思い出す、5年前の今日のことを。
大学に入って初めての写真部の合宿。
そう、俺が咲良に告白できなかった日。
そして
咲良と八束が付き合った記念日だ。
この日に戻れたということは、やるべきことは決まっている。
今日絶対に咲良に告白する。
タイムスリップなんて到底信じられることではないけれど、本当に戻れたんだ。
なら、もう絶対、後悔はしない。
今度こそ自分に正直に生きるんだ。
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