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second lap「意識する分岐点」
5年前の今日に思いを馳せる。
何があったか鮮明に思い出せ。
意識を集中させる。
恐らく自分以外の人間は、過去と同じ動きをするはずだ。
それは咲良も八束も例外ではない。
電車に揺られながら記憶を辿っていくと、当時の色々な感情が湧き出てくる。
5年前の今日、まさか八束が咲良に告白するなんて思っても見なかった。
八束が咲良に好意があることは薄々勘づいていたが、合宿までは告白するまでの距離感ではなかったように感じる。
その2人の距離が一気に縮まったきっかけ。
そうだ、行きのバスだ。
たしか咲良が八束か俺の隣で迷って、後ろからきた杏が俺の隣がいいと言った。
それで咲良は八束の隣に座って、行きのおおよそ3時間、隣で過ごしていたんだ。
2人はその時3時間楽しそうように話し続けて、降りる頃には確か呼び方も変わるくらい一気に距離が縮まっていた。
まず、行きのバス、咲良が迷ったところで隣に誘おう。
考え事をしているとあっという間に合宿の集合場所の駅に到着した。
集合場所へと足を進めるごとに心臓の鼓動が早くなっていく。
カメラを首からぶら下げた集団が見えた。
何人かがこちらに気がついて手を振ってくれていた。
かなり遠目からでもわかる皆んなの大学生時代の姿に胸が熱くなる。
手を振り返しながら少し歩くスピードを早めると後ろから声をかけられた。
「晴!おはよう!」
振り向いて少し視線をあげると、にこにこした顔と目が合った。
「八束!」
思わず立ち止まってしまった。
つい数時間前に白いタキシード姿で幸せそうに笑っていた写真が鮮明にフラッシュバックして、思わず色々な想いが頭を駆け巡る。
そんな俺を不審に思ったのか、八束も同じく立ち止まり、首を傾げて不思議そうな表情を浮かべた。
「おう?どした晴!なんか俺、顔についてるかー?」
「いや、何でもない。おはよう。」
これ以上不審がられないように間髪入れずに答える。
「おう!今日あちーな!俺もう汗だくだわ!」
八束はいつの間にか手に持っていたセンスで仰ぎながらゆっくり歩き出した。
俺も八束のペースに合わせて歩みを進める。
八束があまり気にしない性格でよかった、と思う。
これから会う聡太、杏は人の感情や動きに敏感に気がつく性格だ。
気を引き締めて接さないと怪しがられるに違いない。
「晴はなんでそんな涼しそうな顔してんの!イケメンは汗もかかないのか!」
またもや考えに耽っていたところ、八束の言葉で我に帰る。
「いや、俺も暑いよ。八束は汗かきすぎだけどな。」
「俺汗っかきだからなー!暑がりさんなのよ!ていうかいい加減下の名前で呼んでくんない?!なんか距離感あってやだわー!はい!な・ぎ!せーの?」
「凪ね、はいはい。」
「え!呼んでくれた呼んでくれた!!あんなに頑なに呼ばなかったのに!」
「そうだったか?」
昔よりもよく話せる気がする。
やっぱり5年歳をとった分か、少し気持ちに余裕が現れているからかもしれない。
きっと八束は最初からこうやって仲良くなろうとしてくれていたのに、自分から壁を作っていたんだなと思うと申し訳なくなった。
2人でてきとうな会話をしながら集合場所に向かう。
「はい、凪ちこくー!」
「なんで俺だけ?!って遅刻してないし!一番についたから駅でトイレ行ってたんだし!」
いじられる凪を懐かしんでいると、凪を見ながら嬉しそうに笑っている咲良を見つけた。
少し幼く感じる姿に釘付けになる。
あぁ、咲良だ。
好きだった、ずっと好きだった咲良だ。
心臓を鷲掴みにされたような、心がぎゅっと痛んで目頭が熱くなるのを瞬きでごまかす。
するとまるでスローモーションのように咲良と目があった。
その瞬間、頭より先に体が動いて。
咲良の隣に立って、真正面から彼女を見据えた。
咲良は驚いたような顔でこちらを見上げる。
「おはよう、咲良。」
少し震えただろうか。
自分で思っていたより出た言葉は細く弱かった。
「おはよう!晴ちゃん。今日いい天気でよかったね!」
咲良は飛び切りの笑顔を向けて、そう言った。
あぁ、何でもっと咲良と向き合わなかったのだろう。
何でもっと面と向かって言葉を交わさなかったのだろう。
湧き上がる後悔が止まらない。
いや、だからこそ今回は後悔しないように動かなければ。
何度も自分を奮い立たせて前に進む決意をする。
「おう、合宿日和だな。楽しもうな。」
「うん!楽しもうね!」
嬉しそうに笑う咲良の顔を見て思わず頬が緩む。
咲良から視線を外せないでいると肩をポンっと叩かれた。
「おはよー晴。」
後ろを振り返ると聡太が立っていた。
明るい髪の毛の聡太を久しぶりに見て、若いなと言葉が思わず口を出そうになるが、寸出のところで止めて誤魔化して口を開いた。
「わ、聡太、おはよう。」
「わ?」
「いや、ちょっと驚いた。」
やっぱり突っ込んできた聡太に内心冷や冷やしながら会話を続ける。
「ふーん。咲良ちゃんもおはー。」
「聡太くん、おはよー!」
2人は軽く手をひらひらと振り合う。
「なんか今日、晴機嫌いいねー。テンション高い感じ。ね、咲良ちゃん!」
「言われてみればそうかも。晴ちゃんも合宿楽しみなんだね!」
2人に言われて少し気恥ずかしくなる。
というか、普通に会話しただけでそう思われる俺って、どれだけ無気力な人間だと思われていたのか考えたら恐ろしかった。
微妙な顔をしていたのだろうか、聡太が手元のビニール袋をおもむろに開けてこちらに向けてきた。
「まぁまぁ、晴よ、いっぱい買っといたから。」
にやっと聞こえるような表情を向けてきて思わず笑ってしまう。
咲良も隣で吹き出していて、また更に可笑しさが込み上げてきた。
「よし、全員揃ったのでバス乗りましょうー!毎年恒例、行きは男子から好きな席に座ってください!帰りは女子からねー!」
すると少し離れた部長から声がかかった。
その声とともに男子がぞろぞろとバスに入っていく。
楽しくて忘れていたが、このランダムの座席で咲良に隣にきてもらわないといけないことを思い出す。
「あ、晴どこに座るー?」
「そうだな、てきとうに前あたりで。」
聡太からの問いかけに答えつつバスに歩みを進めようとしたが、その前に立ち止まって一度振り返って咲良を見た。
「また、あとで。」
「うん、あとでね。」
軽く言葉を交わしてバスに向かう。
それと同時に頭を巡らせる。
具体的にどの席だったかは覚えていないが、確か前あたりだったことは覚えている。
とにかく、左に凪、前に聡太なことを間違えなければ、きっといいタイミングで咲良がきてくれるはずだ。
願いながらバスに乗り込むと、凪を見つけた。
凪を目印に、彼の通路を挟んで右側の座席に座る。
聡太は過去通り、俺の一つ前の席に座った。
「これドキドキするな!考えた人天才!」
通路を挟んで横に座っている八束が嬉しそうににこにこしていた。
「凪坊はかわいいやつだなー。ほれ、お菓子をあげよう。」
「まっじ!さんきゅー!」
聡太が身を乗り出してお菓子を差し出す。
流れで俺にも差し出してくれたのでもらっておくことにした。
細かいことは覚えていないけれど、一度経験したことがある出来事や聞いたことのある会話が次々に周りで繰り広げられていて、不思議な気分になる。
「晴は咲良ちゃんと隣になれたらいいねー。」
こちらを伺うような表情の聡太と目が合う。
あぁ、そうか。
聡太はこうやって昔から何度も俺の気持ちを察した言葉を投げかけてきてくれていた。
俺がそれに気がつけなかったり、ひた隠しにしていただけで、聡太はもっと俺の本心や素直な想いを聞きたかったのかもしれない。
いつまでも心を開かない俺に、よく痺れを切らさずに付き合ってくれていたなと、改めて申し訳なさと感謝の思いが溢れてきた。
「そうだな、隣にきてくれたら嬉しいよ。」
真っ直ぐ聡太を見据えて伝えると、一瞬目を丸く見開いてその後親指をグッと立ててきた。
「入るよー?」
4回生の先輩を筆頭にぞろぞろと女子が入ってきて、立膝でこちらを覗き込んでいた聡太が自分の座席に座る。
まるでお見合いかのように、よろしくお願いしますという声とともに女子が座っていく。
まだ入ってくるな、もう少し。
席の感じを見ながら咲良が入ってくるタイミングを願う。
続々と席が埋まってきた頃、入り口に咲良の姿が見えた。
過去と同じく、咲良がくるぴったりのタイミングで自分の後ろの列までが埋まっていた。
目が合う。
口を開こうとした瞬間、咲良の後ろから聞こえた声に遮られた。
「咲良どっち座るの?」
杏だ。
それと同時に思い出す。
この後、杏が俺の隣に座りたいと言って、咲良が凪の隣に座る流れになることを。
「あー、どうしよう」
「咲良、隣、座ってほしい」
咲良の言葉と被る勢いで、彼女を真っ直ぐ見て伝えた。
咲良を筆頭に、聡太、杏、凪もきっと同じ顔をしているのであろうことが空気で分かる。
「あ、わかった。じゃあ、隣座らせてもらうね。」
咲良は驚いた表情のまま、俺の隣に腰掛けた。
咲良が座ったタイミングで固まっていた面々も動き始める。
「えっと、じゃあ、私はー凪の隣ね。」
「おー!おけおけ。」
俺の隣に座るはずだった杏が凪の隣に腰掛ける。
他の女子が座り切るまで、先程の俺の発言によほど驚いたのか、いつもはうるさい面々、凪、杏、聡太は口を開かなかった。
もちろん、驚いているのは自分自身も例外ではなくて。
俺も咲良も特に口を開かずバスが動き出すのを待った。
「はい、バス動きまーす!」
程なくして部長の声が響く。
そしてバスが動き出した。
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