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first lap「知らなかった本心」
「やっほー晴、おひさー。」
食堂で一人でご飯を食べていると声をかけられた。
「おう、聡太。元気そうだな!」
「元気なわけないでしょー。もう就活したくねー!」
聡太はジャケットを脱いでネクタイを緩めながら前の席に座った。
4回生の夏、就活真っ盛りだ。
「すぐもう行かないといけないんだけどさー。あ、晴は前ちらっと言ってた本命のとこで決定ー?」
聡太はもう安定のだらけ姿勢だ。
「おう、もう返事したよ。」
「そっかー。じゃあここから離れるんだねー。」
俺が行く会社は転勤が多いと有名なところで。
「そうだな。特にここを離れたくない理由がないからな。」
自分で言っておいて何となく気まずさを感じて、思わず箸を進める。
聡太が何も言わないのが更に気まずい。
耐えきれなくなって箸を止めた。
「聡太は、市役所頑張ってるんだな。」
「俺は転勤したくないしねー。」
だらけたままストローを加えた聡太と目が合う。
あまり見たことのない聡太の鋭い目に思わず息を飲む。
「晴さ、もうそろそろ咲良ちゃんのこと吹っ切ったらどう?2人のことも過ごしてきた時間も俺には分からないけどさ。でも3年前のあの日からずっと、晴の中の時間が止まってしまったのかなって。見てるとそう思ってしまう。」
聡太がいつもの口調と違ったからか、それとも隠してきたつもりだったことをはっきり言い当てられてしまったからか、返す言葉がなかった。
「誰しも、色んな葛藤や後悔を持って生きてるよ、きっと。当人にしか辛さは分からないけどさ、でも前に進むしかないんだよ。」
悲しいような、それでいて強いような、いつも飄々としている時とはまるで違う聡太の言葉が重くのしかかる。
黙っていると聡太がゆっくり立ち上がって伸びをした。
「なんて。就活地獄でストレス溜まってたわー。八つ当たりごめんー。これあげる。じゃあいくねー。」
聡太はお菓子を置いて席を離れた。
言われた言葉が頭の中でぐるぐる回る。
3年前のあの合宿の日、
告白の場面をたまたま見てしまい、そのまま踵を返してロッジに戻った。
夜になって聡太が探しにきたが、体調が悪いと嘘をついた。
朝起きてやっとの思いでシャワーを浴びて、みんなに合流した。
部員みんな、しきりに体調を心配してくれたのが申し訳なく居心地が悪かったのを覚えている。
そこからは写真を撮ったり肝試しをした覚えはあるが、ずっと上の空で。
気がつけば合宿は終わっていた。
合宿から帰っきて少し経った頃、八束と咲良が付き合っていることが部内で広まり、みんなから祝福される公認カップルになった。
近くで2人を見続けないといけないのは辛かったが、咲良との接点を自分から失くすことの方が嫌で、写真部は引退まで続けた。
聡太は合宿以来、咲良のことに何も触れてこなかった。
だから、3年経った今日言われたことに酷く動揺してしまった。
聡太の言ったことは正論だ。
何も間違っていない。
でも告白さえできていない俺にはこの想いの吹っ切り方も分からなくて、それなのにこの恋心は日に日に増していく一方で。
自分の好きな人が好きな人と幸せになってくれたらいい、なんて綺麗事言える訳がない。
だけどそれをぶち壊して無理やり奪い取る勇気もない。
どうしようもなくて八方塞がりで、毎日生きていても何に楽しさを見出したらいいのかさえ分からなくなっていた。
それを、聡太は見抜いていた。
きっとあの日からずっと分かっていながら、いつか立ち直るだろうとそっとしておいてくれたんだ。
それなのに俺は-。
「晴ちゃん!」
深く思考を巡らせていた時に聞こえた高い声に、はじかれるように顔をあげた。
「咲良。」
そこにはお昼ご飯のお盆を持った咲良がいた。
久しぶりに見た彼女はまた更に綺麗になっていて、会う度に好きだと実感させられてしまう。
「お昼なんだけどさ、ここで食べていい?」
咲良は俺の前の席を見て、立ったまま返事を待っていた。
咲良のことを考えていただけに正直気まずいという気持ちと、嬉しい気持ちが混じって訳もわからず頷いた。
それを見て咲良は"よかった"と笑って真正面に座った。
「部活引退したら中々会えないね。みんな就活落ち着いたら集まりたいな。」
「そうだな、俺もみんなに会いたい。」
咲良は嬉しそうににこにこと笑いながら、通知が来たのか携帯を見た。
「あ、凪ちゃんもうすぐ来るって。」
その言葉に一気に頭が冷える。
彼氏彼女なんだから連絡を取り合っているのは当たり前なのに、それをいざ目の前で見てしまうと気分が下がってしまう。
なんなんだ、自分。
「あ、そうだ!晴ちゃん、内定決まったって聡太くんに聞いたよ。おめでとう!」
「ありがとう。」
拍手されて少し気恥ずかしくなり、視線を下げて手元に移した。
「でもちょっと寂しいなぁ。晴ちゃんとずっと一緒だったからさ。っていっても私が追いかけてたのもあるか。」
思ってもみなかった言葉にすぐに視線をあげると咲良と目が合う。
咲良はえへへと笑った。
「え、追いかけてた?」
「うん。高校はね、進路に迷ってた時、晴ちゃんのお母さんからたまたま受けるところ聞いて、"咲良ちゃんも同じとこ受けなよー!"って言われて受けたの。それが一番の理由って訳ではないけど、いい高校だなとはぼんやり思ってて、そこを晴ちゃんも受けるって思ったら頑張れる気がしてさ!」
「大学は?」
咲良の口から発さられる信じられない話と言葉の数々に脳がついていかなくて。
てか母さん何言ってんだとか、色々聞きたいことはあったがとりあえず先を促してしまう。
「大学はー、ここともう一つで迷っててね。これまたいいタイミングで幸ちゃんから"お兄ちゃんここ受けるらしいから咲良ちゃんもこっちにしたらいいじゃん!"って言われてね。さすがに学部も違うし会うことも少ないだろうけど、晴ちゃんもいるならなんか安心だなぁって。」
話しながら咲良がおかしそうに笑う。
「ごめんね、勝手に。でも晴ちゃんがいるところは安心っていうか、晴ちゃんに絶大な信頼を置いてるのよ、私。」
咲良は楽しそうなのに、何故か俺は涙が出そうになる。
あー、いつもそうだ。本当にいつも咲良の言葉、表情、すべてに心を持っていかれる。
昔から咲良の笑顔を見ると胸が締め付けられて苦しくて涙が出そうになって、だからずっと俺は咲良と上手く向き合う自信がなかった。
どうしようもなく好きだと気がついている今でもこの感情は制御できない。
顔を見られなくて俯いてしまう。
「あ、でもさすがにサークルは自分の意思で写真部に入ったから、晴ちゃんを見つけた時驚いたよ!」
俯いた俺に咲良は焦ったのか、いつもより早口で手をバタバタさせている。
「うん、わかってる。それは俺が合わせたのかも。」
「え?」
咲良の動きがぴたっと止まった。
「写真部のチラシを見たとき、小さい頃咲良がお父さんからもらったってカメラを下げてたのを思い出してさ、懐かしくなって興味湧いたっていうか。」
「よく覚えてるね晴ちゃん!私と遊んだときのことなんて忘れてるかと思ってた!」
そんなわけないだろ、と答えようと思ったところに声がかぶる。
「なになにー!なんの話ー?」
完全に咲良しか見えていなかった俺は、いきなりの声によって現実に引き戻された。
視線をあげるといつものにこにこ笑顔の八束がいた。
「凪ちゃん!お疲れ様!」
咲良が今まで自分に向けてくれていた笑顔を八束に向けたのが、とてつもなく寂しかった。
「おっつー!てか晴ひっさしぶりだなー!」
手を差し伸べられてこちらもなんとなく手を差し出すとハイタッチをされた。
「久しぶり!八束スーツ似合うな。」
「えへへー!褒められた!」
八束は笑うと目がなくなる。
その表情を見てると思わずつられて笑ってしまう。
八束が笑いながら自然に咲良の横に腰かけた。
この距離感が、いやでも2人は親密だと思い知らされる。
そりゃそうだろ、もう2人が付き合って3年だ。
「で、何盛り上がってたの?もしかして過去の実は話?」
気になるのか八束は俺と咲良を交互に見る。
てか当ててるし。
「え、なんでわかったの!凪ちゃんすご!」
咲良も当てられたことに驚いて八束の肩を掴んでいる。
「へへっ!なんでもお見通しー!なんか咲ちゃんがスッキリした顔してるからさ、晴に言えたのかなーって!」
八束はそう言うと咲良の頭にぽんっと手を置く。
そんな当たり前のやりとりにも一々傷つく自分に嫌気が差す。
「八束は咲良から聞いてたんだな、今までの色んな話。」
「おう、すぐ教えてもらったぜ!だから咲ちゃんが晴に憧れてたことも知ってたし、なんなら俺も晴に憧れてるから同士っていうか。」
「え、なんで憧れてんの?」
「なんでって!そりゃイケメンだしスマートだしスタイリッシュだからだろ!ファンだよ!もはやファンだよ!」
八束は前のめりで訴えてきた。
咲良は楽しそうにけらけら笑っている。
こんなに咲良を楽しませられる八束が俺は羨ましい。
「俺はお前になりたいけどな。」
そのままの気持ちを言葉に出したら案の定八束は口をぽかんと開けていた。
その間抜け面に思わず吹き出してしまう。
「え、よかったね!晴ちゃん凪ちゃんになりたいんだって!」
「え、なんで?!」
「なんでだろうな。」
その後も八束に理由を聞かれたが適当に流しておいた。
部活を引退してから久しぶりにこんなに笑った気がする。
でもこんなに楽しくても笑っていても、ずっとどこか孤独に感じてしまう。
ふと怖くなる、これからもずっとこうなのかと。
今日聡太に言われて考えたくなかった思いが浮かび上がる。
こんなになるまで放置してしまっていた気持ちはもう抑えられないくらいぱんぱんで、それなのに発散する方法もなくて。
咲良と話してこの想いだけがどんどん膨れ上がる。
ずっと咲良が追いかけてくれていたことを知って、なんで振り返らなかったのか、いや、振り返る自信がなかったんだ。
後悔しても仕方ないのはわかっているけど。
願いが叶うのならば
もう一度、自分をやり直したい。
そう思うしかなかった。
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