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first lap「秘めた話」
早足で人混みを駆け抜ける。
時計を見る。
やばい、遅刻だ。
冬なのに早足のせいで体が熱い。
携帯を見るとグループトークの通知が2件。
"一番奥の個室入ったよー"
"晴ダッシュ!"
確認すると聡太と杏からだった。
了解のスタンプだけを返してさらに足を早める。
ようやく目的の居酒屋にたどり着いて扉を開けた。
「いらっしゃいませー!!何名様ですか?」
「あ、すみません、先に入ってるみたいで。」
笑顔の店員さんに断り、店の中に入れてもらう。
連絡通り一番奥の個室に向かうと、八束の笑い声が聞こえてきた。
若干どきどきしながら扉を開ける。
「お!晴ー!めっちゃ久しぶりだー!」
大笑いしていたであろう八束がこちらを振り向き、いつもの笑顔で出迎えてくれた。
その声を皮切りに他のメンバーも"久しぶりー!"と手を上げる。
八束の隣に座っていた咲良もにこにこと手を振ってくれていた。
懐かしい温かい雰囲気に、どきどきしていた気持ちはどこへやら、一気に緊張が解ける。
「遅れてごめん。みんな久しぶり!」
そう。今日は、写真部同期の集まりだ。
*********************
みんなに挨拶しながら、空いていた聡太の隣の席に腰かける。
幸か不幸か、目の前は八束と咲良だ。
「なに飲むー?とりあえずビールでいいー?」
「おう、ありがとう。」
見渡すと机にはもう色々料理が運ばれてきていて、結構酔いが回っているメンバーもいた。
「晴ほんと久しぶりね。元気そう!」
「杏も変わってないな。」
「ほんと?まだ老けてない?」
咲良の隣にいた杏がけらけら笑う。
相変わらずの明るさに安堵した。
杏は、告白してくれた日からなんら変わらず俺に接してくれた。
振ってしまったけれど、気まずさもなく友達として仲良くできているのは、確実に杏のおかげだ。
大学時代はギャルだった彼女も、今では若干派手さは残しつつもきっちりとした社会人に見える容姿になっていた。
そんな杏の隣に視線を移す。
久しぶりに見る咲良はまた綺麗になっていて。
咲良と目が合って思わず息を飲んだ。
「晴ちゃん、久しぶり。ちょっと痩せた?」
「久しぶり。あー、仕事が中々忙しくて。」
「じゃあ今日はいっぱい食べよ!あ、晴ちゃんのビールきた!」
店員さんからビールを受け取る。
「じゃあみんな揃ったことだしもう一回乾杯しますか!」
待ってましたと言わんばかりに、八束がグラスを掲げて楽しそうに立ち上がる。
俺もつられてグラスを持ち上げた。
「凪坊、あれでお酒入ってないんだよー。烏龍茶であれはやばいよねー。」
「え、まじで?」
「聡太!それは晴には秘密だって言ったろ!まーいい!じゃあ改めてーかんぱーい!!」
烏龍茶で誰よりも酔っているテンションの八束が発した乾杯の音頭と共にグラスをぶつけ合う。
久しぶりの学生に戻ったような気分が心地良い。
ぐいっとビールを煽り、グラスを置くとわらわらと話し始めた。
「晴、仕事忙しいのね!夏の飲み会も来れなかったし今回も来ないかと思ったんだから。もしかして帰ってくるの入社ぶり?」
杏が枝豆を食べながら話しかけてくる。
中々離れている席にいるため、俺と杏の間にいる八束、咲良、聡太は俺たちの会話に耳を傾けていた。
「いや、一度帰ってきたよ。確か9月頃。」
「えー!帰ってきてたなら声かけてよ!」
杏がこちらにぐいっと身を乗り出してくる。
その衝撃で隣に座っていた咲良が八束に寄りかかる形になる。
自然に八束が咲良を後ろから抱きしめる形で支えたことで、嫌でも2人の関係性を思い出してしまう。
思わず黙ってしまったことで微妙な間ができてしまった。
「まぁまぁ!晴恥ずかしがり屋さんだから!久しぶりで声かけるの恥ずかしかったんだよな!」
「そうそう、凪坊の言う通りー。晴に声かけろっていっても無駄だよー。」
八束と聡太から、ねー!と笑顔を向けられる。
聡太は若干、いやかなり嫌味な気がするが。
「いや、出張帰りでたまたま寄れそうだったから1泊しただけで、誰にも会ってないよ。」
「えー、ほんと?」
杏から疑惑の目を向けられて、たまらずビールに手を伸ばす。
出張帰りは本当だ。
でも誰にも会ってないというのは、少し嘘かもしれない。
その日、咲良を見かけた。
社会人になってから何となく帰ってくることを避けていた。
それでも月日が解決してくれることもあると自分に言い聞かせ帰省したが、帰ってきたらどうしても思い出してしまって。
地元の駅に向かう電車、ホーム、帰り道。
どこを歩いても咲良との思い出が蘇る。
やっとの思いで帰り着いた実家でも、ふとしたことで思い出して胸がつまって、仕事を口実に朝早く逃げるように家を出た。
あまり人のいないホームでぼーっと電車を待っていた時。
何の気なしにふと視線を上げた先、向かいのホームで咲良を見つけた瞬間、涙腺が一気に緩んで思わず俯いた。
どんなに避けても、自分の気持ちに嘘をついても、俺は咲良から離れられない。
想いだけが残って燻って膨れ上がって。
咲良はこの先もきっと俺とは交わらない自分の道をしっかり歩んでいくのに。
「私も、晴ちゃんと家近いけど帰ってきてるの知らなかったよ。会えたらよかったんだけど。」
聞こえた咲良の声に意識を戻されて視線をやると、咲良が杏の肩に手を置いてふにゃりと笑っていた。
杏は少し唇を尖らせて不満そうだったが、咲良の言葉に納得したのかまた枝豆に手を伸ばした。
「っと。みんな揃ったし、そろそろみんなに話したいことがあります。」
目の前の八束がいつも笑顔ではなく、珍しく真剣な顔をしていた。
八束に全員の視線が集まる。
初めはなんだなんだーと茶化していた面々も、ただことではなさそうな雰囲気にその声が次第に小さくなっていく。
そして八束が口を開いた。
「えっと、兼ねてよりお付き合いさせてもらっていた咲良と、結婚することになりました!」
数秒の沈黙のあと、わー!!と歓声が上がった。
隣の聡太までそんな声が出るのかというほど叫んでいた。
杏にばしばし叩かれている咲良はこの上なく幸せそうに笑っている。
「えー!いつの間にそんなことなってたのよ!咲良から何も聞いてないし!」
「先月プロポーズをして、OKをもらいました!」
「杏、ごめん!まだ誰にも言ってなくて、今日みんなに直接言えたらなと思って黙ってた!」
「凪坊やるねー!友達結婚第一号だよー!おめでたーい!!」
祝福の声と笑い声が響き渡る空間で一人、俺は小説を読んでいるかのような気分で、どこか冷静にこの場を眺めていた。
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