傀儡1

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傀儡1

 世界は悪に満ちている。人生とは理不尽である。そんなことに気づいてもう何年経っただろうか。  平日は毎日、片道1時間の満員電車に揺られる。雨の日は嫌いだ。ジメジメした電車内に汗の臭いが混じる。ただでさえ息が詰まるというのに、誰かの傘が私の足に当たる。雨粒がスーツの裾を濡らしていく。不快極まりない。しかも、当の本人はスマホをいじっていて気づいていないようだ。  しかし、直接注意するつもりはない。仕方がない。私はスーツの内ポケットからスマホを取り出しTwitterを開く。 「隣の人の傘のせいでスーツびちょびちょ。なんでちゃんとバンド留めないかな。最悪」  予期せぬ返信が届いた。 「私も! 朝から超迷惑!」 「FF外から失礼します。マナーがなってない人っていますよね」 「そういう人いる! 誰か注意してほしいw」  わかってくれる人がいた。よかった。瞬く間に「いいね」が30個もついた。驚きながらも個別に返信していく。 「本当イヤになります」 「電車に乗ってからのほうがびしょ濡れってどういうことなんでしょう?」 「ちょっと勇気出して注意してみようかな(笑)」  すると、今度はこんな返信が来た。 「え、本当ですか!? すごいー!」 「ゴローさんファイト!」  どうしよう。冗談で言ったつもりだったのにな。でも、みんなが応援してくれている。期待に応えたい。深呼吸を一つ。意を決して声を振り絞る。 「あの、すみません。傘が当たってるんですけど……」 「え? あ、すいません!」  私と同じ40代後半に見えるその男性は、慌ててバンドを留める。  目の前に座っている新入社員らしき若い女性と目が合った。微笑まれたと思ったのは、気のせいではないかもしれない。  私は迷惑行為を一つ解決した。社会全体にとって良いことをしているのだ。  Twitterにも報告をしよう。 「【速報】傘開きっぱなしオジサンを注意した結果……オジサン反省、座席に座っている新人OLさんに喜ばれた!」  すぐに返信が飛んでくる。きっと私の報告を待ってくれていたのだろう。 「よくぞ言ってくれました!」 「かっこいい!」 「ゴローさん最高!!」  これは小さな世直しなのかもしれない。  いつもと変わらない日常も、こうして改善していけば、きっとより良い世の中になる。
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